八五郎は斯う言つた具合に、江戸の町々から、あらゆる
この話も、最初は隨分馬鹿々々しいものでした。子供の惡戲か、町内の若い衆のからかひか、どうせたいしたことではあるまいと
「馬鹿々々しいぢやありませんか、親分」
八五郎が
「何が馬鹿々々しいんだ、朝つぱらから」
平次も朝飯が濟んだばかり、長火鉢の前に
「佐久間町の丹波屋忠左衞門――親分も御存じでせう」
「知つてるとも、評判の良い人ぢやないか、――尤も近頃は隱居をして、お詣りや
「結構な身分で、その佐久間町の丹波屋から急の使ひで行つて見ると、馬鹿々々しいぢやありませんか、隱居部屋の外――塀越しの松の大枝に、船具に使ふ
「澤庵石の
平次はたいして驚く色もありません。
「あつしも睡いところを叩き起されて、それを見せられましたが、澤庵石の首吊りを檢屍したのは、ケイ
「澤庵石の首縊りの檢屍は、俺もいやだよ。氣の毒だが、そいつは宜いあんべえに斷わつてくれ」
平次は以ての外の手を振るのです。人氣者のつらさですが、一々斯んなのに附き合つてゐては、お終ひには、猫のお産にも呼出されないとも限りません。
「さうですか。でも、丹波屋には世話になつて居ますよ」
「誰が。お前が借りでもあるのか」
「飛んでもねえ、――、あつしは金持からは金を借りないことにして居ますよ。大きな
「良い心掛け見たいだが、それで毎々叔母さんを倒すんだらう。手内職で細々と溜めた金を借り倒しちや、殺生だぜ」
「相濟みません」
「あんな野郎だ、俺にあやまつたところで仕樣があるめえ」
「丹波屋の隱居に世話になつてゐるのは、町内の衆皆んなですよ」
「皆んな揃つて借金をしたのか」
「冗談ぢやありません。慈悲善根で出す金や、筋の通つた寄附や義理には敵に後ろを見せねえが、几帳面で理窟固いから、遊びの金や贅澤費ひの金は、どんなに
「成る程ね」
「一方から評判の良い割に、
「待つてくれよ、八。貸した金をやかましく言ふと、澤庵石が
「半纒なんかぢやありませんよ、隱居の羽織で」
「澤庵石だつて、格式があるんだね。
「だから、ちよいと覗いて下さいよ。あの隱居につむじを曲げられると、今年の祭の寄附に響く」
「あらたかなんだね。ぢや、まあ行つて見ようか。羽織を着た澤庵石なんてものは、話の種だ」
「有難いツ、錢形の親分が來る迄は、誰にも
平次は斯うして、羽織を着た澤庵石を見ることになつたわけです。
佐久間町の丹波屋といふのは、大地主の雜穀屋で、今の主人は忠之助と言つて三十四五の働き盛り、内儀のお
尤も隱居の忠左衞門はまだ六十になつたばかり、三年前
隱居の忠左衞門は、商賣の道に明るい上に、道話仕込みの理窟が強く、
伜忠之助は世帶持がよくて、働くこと以外に興味がなく、三十年配の嫁のお俊も、何んの積極性もない、唯の
雜穀屋と言ふのは表向きの商賣、裏へ廻るとこの邊一帶の地主で、
さて、平次が行つたのは、やがてもう晝近い頃でした。佐久間町の一角を占める店構への、その横の路地を入つて、五六間行くと裏口があつて、頑丈な板塀越しに延びた、この邊では名物の巨大な松の木の、塀の外にヌツと出た高い枝に、これは見事、羽織に包んだ澤庵石の十貫目もありさうなのが、澁引きの太綱で、頭上三四尺のところにブラ下がつて居るではありませんか。
「錢形の親分、飛んだものをお目にかけます。勘辨して下さい」
「丹波屋の御隱居、これは妙な惡戲ですね」
平次も丁寧に
もう
「私も惡戲だらうと思ふから、誰にも知らせずに、そつと片付けようと思ひましたよ。そいつは一番無事なことだ。が、錢形の親分。それも出來ないワケがあつた」
「?」
「見て下さい。この綱は船で使ふ澁を引いた麻繩で、ザラにある品ではない。五十貫百貫の荷を引揚げても切れるやうなことはない。
「――」
「それから、この石を包んだ羽織は私の
などと、丹波屋の隱居は、言ひ終つて、照れ臭さうに髷節を押へるのです。
平次は人を呼んで、塀外の突つかひ棒に縛つた綱を解かせ、松の枝から石を降しました。そんなことを萬事やつてくれたのは、宗吉といふ二十四五の男、雜穀屋の手代ですが、力仕事も
綱をほどかせて見ると、羽織は泥とほこりで滅茶々々になつた上、ところ/″\摺り切れて、まことに淺ましくなつて居りますが、綱はこんな荒つぽい仕業に似氣なく、急所々々は女結びになつて居て、宗吉の手に
「ちよいと中の樣子を見せて下さい」
「さア/\どうぞ」
主人に案内されて、平次は裏木戸の中へ入りました。繁昌の丹波屋ですが、空地の
その二階は
二階に登ると、
「なアに、お父さん」
と、階上を見上げたのは、忠左衞門の末つ
「私は男の子ばかり三人も續いて、うんざりして居ると、四十二の
と、暫く經つてから説明してくれました。そして、
「これ/\何んといふことだ。錢形の親分に御拶挨を[#「御拶挨を」はママ]しないか。それから、お國にさう言つて、直ぐお茶を入れさせるのだ。よいか――あの通り、この
忠左衞門はさう言つて眼を細くするのです。因業で几帳面な人間ほど、肉親愛が強い――と言つた例を、平次は
お初は全く可愛らしい娘でした。色白で背が高くて、心持顏が小さくて、でも下から仰いだ喉から首のあたりが
父親にさう言はれると、梯子段の下から平次に挨拶して、お初はそろりと身を
別に殺しがあつたわけでもなく、引つ掻きほどの怪我をした者もないのですから、平次はそのまゝ引揚げようとしましたが、隱居の忠左衞門なか/\の話好きで、容易に平次を歸してはくれません。
「私のことは、錢形の親分も御存じでせうが、親の代から徳を積んで、不義理はしないばかりでなく、寄附寄進から
「――」
「金貸しを商賣にして居るわけではありませんが、金に困つて是非ともと望まれると、斷わり兼ねるのが私の性分で、世間の金貸しから見ると、隨分安い利息で用立てて居ります。その代り拂ふものは、キチンと拂つて頂かなければならず、それを倒されては私の身が立ちません。そんなことで、隨分人樣に怨まれもいたしましたが、それは怨む方の無理で、
忠左衞門の長廣舌はなか/\に盡きさうもありません。
その間に二度お茶が代つて、二度目は
「そんなわけで、人に怨みを受ける筈はないと思ひますが、――あんな惡戲は、全く見當もつきません。昨日も正月の十五日だから、朝からドンド燒きの支度で、私の家は家例で、
忠左衞門はよくまくし立てます。世の
「親分、隨分變な家ですね」
丹波屋からの歸り、平次は向柳原の八五郎の家へ立寄りました。八五郎の家と言つたところで、叔母さんの家の二階借りで、その叔母さんは、日頃八五郎が世話になつてゐる平次の顏を見ると、どうしても晝飯を差上げるんださうで、八五郎にその旨を言ひ
「變な家といふことは、俺には見當はついたが、お前は何を聽いたんだ」
平次は叔母さんが
「あの隱居の忠左衞門といふのは大した人間で、先祖傳來の大金持のやうなことを言つて居ますが、實は一代に仕上げた
「怨まれもするわけだな。押しが強くて、人附き合ひが理詰めで、義理を
「でも、近所では神樣ですよ。附け屆けは良いし、人の世話は行き屆くし、惡口を言ふものなどは一人もありやしません」
「それが怖いな」
「何が怖いんで?」
「こちとらは、惡口の言はれ通し、からかはれ通しだから、誰も怨みやこだはりを腹に溜めて置くものはない。さば/\した附き合ひばかりだが、お互ひの顏を見い/\褒めちぎられる人は怖いよ」
「そんなものでせうか。――尤もあの丹波屋の裏に三軒長屋があつて、其處に住んでゐる北山習之進といふ浪人は、變なことを言つて居ましたがね」
「どんなことだ」
「丹波屋の隱居は、物事が理詰めで、滅多なことでは人に物を言はないが、あんまり几帳面で附き合ひ
「フーム」
「伜の忠之助と嫁のお俊は評判の良い方ですが、隱居が威張つてゐて、大きな聲で物も言へません。番頭の徳三郎は通ひで、
「今頃、そんなことが出來るのか」
その頃はまだ、人間が物よりも安かつた時代で、若い娘が賣買されたばかりでなく、男の子も――どうかすると、大の男までが、賣買の目的物になることもあつたのです。小作米の代りに勞働を提供したり、借金の
「親が承知で――と言つたところで、丈夫で悧巧な伜を、一生奉公に出し度い親はないでせうが、兎も角、十三や十五になつたばかりの伜を、その氣にさせたのは
「眞面目な男らしかつたな」
「眞面目過ぎたくらゐで、十三の年から足かけ十二年、二十四の今年まで無事に勤めたのはたいしたことで、一生奉公などといふものは、
「ウーム」
平次もそれは承認しました。お初の可愛らしさは、平次の眼にも申し分なく印象されたのです。
「あのお人形のやうなお初が、段々大きくなつて、娘らしく色つぽくなるのを眺めて、宗吉はどんなに
「何にか變つたことがあつたのか」
「變り過ぎましたよ。お初がいよ/\
「二人の間に約束でもあつたのか」
「其處まではわかりませんが、どんなに宗吉が齒ぎしりしたつて、一生奉公の給金なしの身の上では、あの可愛らしいお孃さんをどうすることも出來ません。これがあつしなら――」
「――」
「
「こんな
平次は
「へツ、たつた一人で置くから、
斯う言つた八五郎の途方もなさです。
それから七八日ばかり、無事な日は過ぎました。
「待つてくれ、八。お前の顏を見ると、お靜は片付けを始めたぜ。――今日は何があつたんだ」
さう言ふ平次は煙草を輪に吹いて、たいして驚く色もありません。
「落着いて居ちやいけませんぜ。今度は丹波屋の隱居が、殺されかけたとしたら、どんなもので」
「殺されかけた? それぢや、死ななかつたのだな」
「いやになるなア、そんなに
「嘘をつきやがれ、――丹波屋の隱居に、それ程の義理はないよ。ぢや、歩きながら聽かう。命が無事なら、急ぐほどのことはあるめえ」
平次は悠々と支度をして、八五郎と一緒に佐久間町に向ひました。
「氣の長い話ですね、――親分はさう言つてるけれど、丹波屋の隱居にしては、氣が氣ぢやないわけですよ。
「石を抛り込んだ?」
「格子と雨戸を
「
「狙ひは見事でしたよ。隱居が其處に寢て居たら、間違ひもなく腐つた玉子のやうに潰されたことでせうが、運の良いことに、二階の障子を貼り替へて、半分張つたまゝ、
「待つてくれよ。その隱居の
「その通りで、
「よし/\わかつた。ところで、そんな石を何處から誰が抛り込んだのだ」
「庭から二階へ抛るわけはありません。天狗の
「すると」
「
「土藏の屋根へ、――そんな石を持つて登られるのか」
「それも矢つ張り天狗の仕業ですね」
「丹波屋の隱居が天狗に貸しでもあつて、あんまり
「冗談ぢやない」
「兎も角行つて見よう。こいつはお前一人の了簡ぢやむづかしからう」
平次が乘り出したのは、これもその日の晝近い時分でした。
佐久間町の丹波屋の前まで行くと、店の中が何んとなくザワ付いて、通ひ番頭の徳三郎は、出たり入つたり落着かない樣子でウロウロして居ります。
「どうしたえ、番頭さん」
八五郎が聲を掛けると、
「あ、八五郎親分、錢形の親分も御一緒で――大變なことになりました。若主人の忠之助さんと御内儀のお
「どうしたといふのだ」
番頭の徳三郎は物も言へないほどあわてて居るのです。
「三輪の萬七親分が來て、お二人を縛つて行きました」
「何んだと?」
「御隱居樣を殺さうとしたのは、若主人の忠之助樣御夫婦に違ひない、――と言ふんで、お二人共早寢をしてしまつて、何んにも知らないと言ふと、夫婦口を合せたに違ひないと申します」
徳三郎がそんな話をして居るところへ、下男兼帶の手代の宗吉も、末娘のお初も出て來ました。
「錢形の親分さん、お願ひでございます。若主人のお力になつてあげて下さい。無愛想で、お世辭のない方ですが、若主人も御内儀も、惡いことをなさる方ぢやございません。――三輪の萬七親分は、何處から聽いたか、御隱居樣が何時までも頑張つて、世帶を渡さないから、若主人が待ち兼ねて、夫婦相談の上親殺しをやりかけたと申しますが、そんな馬鹿なことがあるわけはありません。お願ひでございます」
宗吉は必死の血相で、錢形平次に
それにもまして、平次の心を打つたのは、宗吉の後ろから、そつと手を合せて拜むやうな恰好をして居る妹のお初の姿でした。細々としてゐるくせに、妙にふくよかなお初の風情は、平次もホロリとさせられましたが、それより八五郎の感激は大したもので、水つ
「ね、親分、何んとかしてやつて下さいよ。若主人の忠之助さんは、無口で無愛想だけれど、心の中は
八五郎は誰かに頼まれでもしたやうに、必死と忠之助お俊夫婦のために辯ずるのです。
平次はこの人達を掻きわけて、
「錢形の親分、この有樣だ。見て下さい」
隱居の忠左衞門は、平次の顏を見ると、救はれたやうな氣になる樣子です。
「大變なことでしたね。石の落ちた
「夜半過ぎだつたと思ひます。幸ひ宗吉が障子を半分貼らなかつたので、
「若旦那の忠之助さんは、身體が弱いさうで、その十貫以上もある石を、土藏の屋根へは持つて登れませんね――八五郎がさう言つて居ましたが」
平次はこの老人に、さう言つて見度かつたのです。自分の本當の伜に、親殺しの疑ひをかけるのは、容易ならぬ
「だがね、錢形の親分。伜は兎も角、嫁の氣持は、何年經つても私にはわかりませんよ。それに、いざとなれば、大きい石を二人で運び上げる
「御隱居さん、そいつは考へ過ぎですぜ。十貫目以上の石を、二人がゝりで持ち上げて、
「さうでせうか――」
隱居の顏に、濃い疑ひの色の浮んだのを
「こいつは大變だ」
八五郎が
もう一度外へ出て土藏の軒下を見ると、この邊と見るあたりに、深々とメリ込んだ梯子の足跡が二つ、間違ひもなくそれは、土藏の軒の下に掛けてある、火事場用の竹梯子で、これならば、隨分役に立ちさうですが、石を運び上げる爲には、矢張り二人以上の男の力を要します。一應の調べが濟むと平次は外へ出ました。默々として
「親分、――もう曲者はわかつたでせう。三輪の萬七親分の縛つた、若主人の忠之助夫婦でないときまれば、私は引つ返して、その下手人を縛つて來ますが、一體どの野郎です」
「あわてるな、八。このからくりは容易ぢやねえよ、――お前は本所の――あのお
「へエ?」
「昨日娘のお國を呼んで泊めたのは、ワケがあるに違げえねえ。
「へエ、行つて見ませう」
「歸りには、もう一度丹波屋の近所の噂をあさつてくれ。あの隱居は餘つ程近所の衆に憎まれて居るやうだから。――とりわけ丹波屋の持ち家の、三人の店子達の樣子が知り度い」
「へエ、そんな事なら、わけもありませんよ」
八五郎は、話を半分聽いて飛び出してしまひました。
八五郎が報告を持つて來たのは、その晩遲くなつてからでした。それによると、
「親分、變なことになりましたよ。あの妾のお國の母親、本所
といふのです。それを聽いた平次は、驚くかと思ひの外、
「さうか、矢つ張りさうだつたのか」
と思ひ當つた
「それから、丹波屋の三軒長屋も
「フーム?」
「一軒は
「人相を見ただけで歸つたのか」
「いえ、今晩三人揃つて、商賣を休んで
「この寒空にか」
「釣氣狂ひは、暑いも寒いもありやしません。少し
「待つてくれよ、八。そいつは容易ならぬことになるかも知れない。佐久間町まで行つて見よう。お前も家へ歸る道順だ」
「へエ、あつしは此處へ泊めて貰ふつもりで來ましたが」
「贅澤を言ふな。御用に待て暫しはねえ」
二人は
「どうした、何があつたんだ」
平次と八五郎が飛び込むと、夜中に呼出されたらしい番頭の徳三郎が、
「あ、親分方、丁度良いところで、今呼びにやるところでした」
さう言へば、町内の者が二三、何やら支度をして居ります。
「どうしたといふのだ」
兎も角も
「親分、今夜のはまるで押し込みでした。幸ひ宗吉が前から氣がついて、私共を
さう言はれた宗吉は身體中に繃帶をして、人々の止めるのも構はず、床の上に起き直るのです。
「飛んだお騷がせして相濟みません、――みんな私のせゐで――」
と頭を垂れるのです。
その樣子を見て居た平次は、何を思ひ付いたか、手當てが濟んで歸り支度をして居る
「幸ひ傷は急所を外れて居るやうだから、大したことはあるまい。宗吉どんと内々で話し度いことがあるから、御隱居さんだけ殘して、あとの人は暫らく遠慮してくれ」
平次が聲を掛けると、離屋へ入つて來た多勢の者は、八五郎に追ひ立てられるやうに、ゾロゾロと母屋に引揚げて、殘つたのは隱居の忠左衞門と、下男の宗吉と、そして平次と行燈だけ、八五郎は縁側に頑張つて、外から覗く不心得者を見張つて居ります。
「さて、宗吉、皆んな話してくれないか――御隱居と私の外には、誰も聽く者はない。この間からの騷ぎのいきさつ、お前は皆んな知つて居る筈だ」
「――」
「お前が言ひ度くなければ、俺が代つて言つても宜い。――最初羽織を着せた石の綱を解いた時、お前は結び目の急所々々を心得て、わけもなくほどいた、――あれは自分で縛つた綱だからあれほど重い物を扱つて、結び目が皆んな女結びだつたのもをかしいぢやないか。それから次に土藏の屋根から石の落ちた晩、お前は晝のうちに部屋の二階の障子を
「――」
「それから今晩も、御隱居さんを
平次の調子はまことに行屆いたものですが、いかにも柔かで親切でした。宗吉はそれを聽いて、うな垂れて暫らく默つて居りましたが、やがて
「濟みません、皆んな申上げます。――私はもう、思ひおくことのない身體でございます。私の罪亡ぼしに、皆んな申上げた上、錢形の親分のお繩を頂戴いたします」
宗吉の物語は不思議なものでした。
「――」
「實は申上げると私は、御隱居樣をお怨み申して、危ふく命までも――」
さう言つて宗吉は、さすがに
宗吉の話は長いものでしたが、――今から十二年前宗吉の父親と母親が、不運と病氣のために、十三になつたばかりの一人子の宗吉と親子三人心中を企て、貧乏長屋の雨戸を締めきり、
丁度それは正月の十五日の左義長の宵、忠左衞門は
それから丹波屋から借りた金で借金の始末はしましたが、その爲に宗吉の一生奉公が始まり、兩親が死んだ後まで、長い奉公が、何の手當も給金もなく續いたのです。
宗吉も最初のうちは忠左衞門の恩に感じて居りましたが、日が經ち年を重ねるうちに、一生奉公の馬鹿々々しさが身に沁み、年頃になつてからは、この
その間に忠左衞門の末の娘のお初が輝くばかりに美しく生ひ立ち、宗吉との間に淡い戀心が育つて、宗吉の
折惡しく、三軒長屋の住人達は丹波屋の隱居を怨み拔いて居りました。浪人北山習之進は丹波屋の
その約束は、惡戲の程度に止まり、もとより丹波樣の隱居の命までも取る意志はなかつたにしても、浪人北山習之進は腹からの、
今日はいよ/\忠左衞門を塀側の松の木に吊り上げ、外からは
が、その日は丁度正月の十五日でした。門松を焚いたドンド燒の匂ひが、宗吉の鼻へ十何年か前の親子心中を
宗吉はお初の心持さへ聽けばそれで充分だつたのです。この娘を道づれに、これから當てのない苦難の道を踏み出すことまでは考へて居ず、どんど燒の匂ひに呼び覺された良心の火は、猛然として宗吉の罪を責め立てます。
さうして、綱は息左衞門の首ではなく、羽織を着た石に掛けられました。その上、隱居を
「これが、皆んな私のやつたことでございます。御隱居樣の大恩も忘れ、飛んだことをいたしました。でも私はもう、お孃さんの本心を聽いて安心いたしました。この上の望みは、錢形の親分のお繩を頂いて、罪亡しがいたし度うございます」
繃帶だらけの手を後ろに廻して、宗吉は
障子の外には、シクシクと
「どうです、御隱居、私はもう歸りますよ。若主人御夫婦の繩を解かせなきやなりません」
「親分、待つて下さい、私も何んか
隱居の忠左衞門の聲は、始めて晴々としました。もう曉方も近いでせう。
そしてこの時、忠左衞門に惡戲を仕過ぎたお長屋の三人男は、コソコソと夜逃げの支度をして居たのです。
縁側に聽いて居た八五郎も、妙に
「畜生ツ、風邪でも引いたかな」
大きなくしやみが一つ、でも、良い心持さうでした。