「へツ、へツ、へツ、親分」
ある朝、八五郎が
「挨拶も拔きに、人の家へ笑ひ込む
平次は、精一杯に不機嫌な顏を見せながらも、實はこの二三日、八五郎を待ち構へて居たのです。八が來てくれないと、良いニユースも入らず、平次の活動もきつかけがなくて、手につかない樣に、その心持は、連れ添ふ戀女房のお靜には、わかり過ぎるほど、よくわかつて居ります。
「でも、こいつは、親分だつて笑ひますよ。あつしが三日も來なかつたわけ、見當はつきますか、親分」
「いやにニヤニヤして、笑ひの止まないところを見ると、新
「そんな、
「ハテね、江戸の眞ん中で金掘りが始まつたのかえ」
「親分は、あれを聽かなかつたんで?
「そんな坊主は知らねえな」
「へエ、呑氣ですね。この邊も名題の神田御臺所町で、
「
「へエ、そんなものですかね。――兎も角も近頃は麹町から、四ツ谷、赤坂へかけて、金掘り騷ぎで大變ですよ。行つて見ませんか」
「御免
「親分は慾がなさ過ぎる。――
その頃の江戸の地下には、何萬兩とも知れぬ硬貨――わけても、
封建時代――幕府の財政に信用がなく、銀行制度もない世の中で、裕福な町人達が一番閉口したのは
足利義政の亂脈な財政で、支那から
日本一の都、
戰國時代の後を承けて、その頃の日本には、二、三十萬の浪人が居たと言はれ、その半分や三分の一は江戸に住んで居たと見なければならず、仕官の出來るのは、その又何割で、多くの浪人達は、
その何割かは商人になり、何割かは橋の
銀行制度もなく、投資機關もなく、そのくせ、うんと金の集まつて來る大町人達は、これを
江戸の通貨は相當のものであつたに
封建時代の通貨隱匿は、日本も外國も同じことで、
八五郎の話といふのは斯うでした。
「大膳坊覺方といふ
「大層なことだな。それで、いくらか掘り出したのか」
「掘り出しましたよ。最初は江戸の町人達も、どうせ、山かん野郎のペテン師だらうと
「フーン」
「何んにも出なかつたら、思ふ存分に毆つて、大耻を掻かせてつまみ出す約束で掘らせましたが――」
「出たらどうするんだ」
「若し言つた通りの金が出たら、三つ一つ、つまり、十五兩出たら、五兩は大膳坊に差しあげ、大膳坊はそれを、貧乏人への
「――」
「山の手一圓の評判になつて、俺の家も見てくれ、此方の土藏も掘つてくれといふ騷ぎだ」
「お前はその金掘りに手傳つて居たのか」
「大膳坊に手傳つたわけぢやありませんが、何しろたいした評判で、あつしも叔母さんに手傳はされましたよ」
「お前の叔母さんのところからも小判が出たのか」
「小判とまでは行かないが、金が出たことは確かで」
「それはたいしたことぢやないか」
「まア聽いて下さい。――金掘りは麹町から、四ツ谷、赤坂と擴がつて行きましたが、皆んなが皆んな、金を埋めてある家ばかりではなく、中にはいくら掘つても、何んにも出て來ないのもある、大膳坊は法力が廣大だから、ちよつと見ただけでも、金を埋めてある家と、何んにもない家とわかります。金が埋めてあるとわかると、家中の者に
「本當ならたいしたものだが、眉に
「叔母さんが、それを聽いて來たからたまりませんよ。四谷のお
「成る程ね」
「大膳坊を頼むと、金を掘出しても三つ一つの二分は取られる、見す/\無駄をしたくないから、お前が掘り出してくれと、叔母さんの頼みだ。早速土竈の下の床板を剥がし、ジメジメする土を、三日がゝりで、一萬五千兩も隱せるほど掘りましたよ」
「ところで、小判は?」
「小判なんざ、
「叔母さんはどうした」
「まだ諦らめきれないやうですよ。今度は大膳坊を呼んで來て、一と揉み
八五郎は、またコミ上げるやうに笑ふのです。八五郎が斯んな呑氣なことをして居るうちに、大膳坊覺方の活躍は見事でした。そのうちでも大口は、八五郎のその後の報告によれば、――
「大膳坊が乘り出して行つても、ないところからは小判はおろか、
「本當に金の出た家は、そんなに澤山あるのか」
平次もツイ釣られて訊く氣になりました。一ヶ所や二ヶ所なら兎も角、五ヶ所十ヶ所と天下の通用金が、大地の底から出て來るやうでは、これを簡單にペテンや
「ありますよ。一番の大口は、鹽町の小間物屋で、上州屋周太郎。その家の隅を剥がして、大地の下三尺も掘ると、石の蓋をした瓶の中から、ピカピカする
「二十兩は大きいな」
その頃の相場から言へば、二十兩は全くのひと
「おかげで、つぶれかけて居た上州屋が、一ぺんに身上を起しましたよ」
「大膳坊が前に隱して置いたのではあるまいな」
「それは大丈夫で、床下三尺のところへ、外から忍び込んで隱せる筈はありません。それに床下は
「で?」
平次もツイその先を
「二十兩の三つ一つ、七兩は大膳坊が貰つて、即座に町役人方と相談をし、町方で其の日に困つて居る人に、綺麗にバラ
「外に?」
「廣尾の百姓喜左衞門は、土地の舊家で、金の牛を
「?」
「内藤新宿の喜之字屋といふお茶屋からも、是非にと頼まれて行つたが、これも何んにも出なかつた。お
「それつきりか」
「まだ、金を掘り當てたのは、三つか四つぢやありません。一番變つたのは、青山の御武家、百石取りの御家人で、丹波小三郎樣。物はためしで、大膳坊に祷らせて見ると、翌る日井戸の中から小判が八枚出て來た。毎年井戸替をしながら、こんなものが沈んでゐることに氣がつかなかつたんですね。井戸の底の、砂の中に潜つたのを出すのは、大膳坊の法力だといふことで」
「フーム、面白いな。金が出たばかりで、誰も盜られたわけぢやないから、叱りも縛りもなるまい。だが、
「へエ」
八五郎は何が何やらわからぬまゝに引受けました。これが大變な事件に發展しようとは、思ひもよらなかつたのです。
「御免下さい」
そんな話の最中に、障子一重の入口に物々しく
「ハイ、ハイ」
お勝手から廻つて、取次いだ女房のお靜は、平次の後ろの唐紙をあけて、
「あの、四ツ谷傳馬町二丁目の、越前屋谷右衞門さんと仰しやる方が、内證で御話を申上げ度いことがあるとか――で」
と囁やくのです。
「よし/\、此處へお通し申すんだ。八五郎はちよいとお勝手へ姿を隱すが宜い、――唐紙一重だから内證話も筒拔けだ。越前屋さんとやらの氣が濟めば宜いわけだから」
平次は
「實は折入つてのお願ひがあつて參りましたが――」
ときり出すのです。物に間違ひのない商人
見たところ、四十近い好い男、小紋の羽織、
「どんなことでせう、この通り外に聽く者もございません。打ち明けてお話をなすつて――」
「へエ、へエ、實はその、親分さんもお聽きでせうが、近頃山の手に評判の大膳坊覺方と仰しやる修驗者」
「あの、埋めた金を搜し當てるといふ?」
「あの方が、私の家――傳馬町二丁目の越前屋にも、大層な寳が埋めたまゝにしてあると申すのださうで、――私の家は、御存じかも知れませんが、江戸兩替屋の山の手の
「?」
越前屋谷右衞門の話は、丁寧ですが、要領よく運ぶのです。
「一萬兩などと申す大金は、
「?」
「もしまた、大膳坊と申す人が、お上で目をつけて居る、良くない方であつたりしては、家の中を覗かせ度くもございません。いかゞなもので」
越前屋谷右衞門の言葉は、用心深過ぎるやうですが、手堅い商賣をして居る大町人としては、まことに
平次は併し、これに何んとも答へることは出來なかつたのです。法力で金を搜すといふ話は、充分に疑はしいことですが、一應は注意しましたが、
平次はこの埋藏金事件を、全部八五郎に任せて見ようといふ氣になりました。別に盜まれた金もなく、怪我をした者も、殺された者もない事件に、ノコノコ顏を出すのは、大人氣ないやうでもありますが、事件の奧にはなんとなく異樣な匂ひがあり、滿更放つても置けないやうな氣がしたのです。
それに、これは一番大事なことでしたが、平次はこの邊で一番、八五郎に素晴らしい
尤も八五郎も立派に十手
幸ひと言つては變ですが、まだ表面には、何んの犯罪事實も現れない事件――しかも行先は
平次の常識と、長い間の經驗から見ると、地下埋藏金といふものは、實際あるかも知れませんが、
「氣をつけるが宜い、大膳坊は多分――いや間違ひもなく山師坊主だらう。どんな手品で、何をやらかすか、眼を大きくして見張つて居ろ」
と、注意を與へてやつたのも、當然のことでした。
「でも、金はあちこちから出たが、大膳坊は一兩だつて
「種のない手品は使はれないよ、氣をつけることだ」
「へエ」
八五郎は不承々々に出て行きました。
それから四五日。
「たうとう掘り始めましたよ」
八五郎の第三回目の金掘り事件の報告は來ました。
「傳馬町の越前屋は、たうとうその氣になつたのか」
平次もこの報告を待ち構へて居た樣子です。
「隨分澁つて居ましたが、この間店の床下から、二十兩も掘り出して貰つた、鹽町の上州屋周太郎が大乘氣で、
「フーム、上州屋と越前屋は
「似寄りの年輩で、店だつて遠くはありません。越前屋は美男で金持だが、上州屋は貧乏で不景氣で、尤も、十年くらゐ前までは上州屋も良い暮しだつたさうですよ。米相場でひどい損をして、近頃は店も開けたり閉めたり、旅へ出たり江戸へ歸つたり、大膳坊に二十兩の金を掘り出して貰はなきや、この暮には夜逃げでもしなきやならなかつたと本人が言ふんだから嘘ぢやないでせう」
「大膳坊は何處に泊つて居るのだ」
「相州小田原に住んで居るが、今は江戸に來て、上州屋の
「上州屋は
「二人共四十近い獨り者で、尤も大膳坊の方は
「相變らず、お前は女の
「尤も、越前屋の御新造に比べると、月とすつぽんで。これはたいした女ですよ」
「フーム」
「お菊さんと言つて、後添へですがね。まだ三十そこ/\、たまらねえ年増で」
「その、女の噂をする時、
「へエ」
「不足らしい顏をするな、――ところで?」
「三日前に越前屋の一の倉に
「フーン、變つてるな」
「祈祷は、三七、二十一日くらゐはかゝるさうですよ。何しろ大金だから、三日や五日では掘出せない」
「――」
「大膳坊と
「上州屋の周太郎はどうした?」
「時々覗きに來ますよ、――大抵は夜で、尤も、この男も倉の中へは入れません」
「三度の食ひ物はどうする?」
「倉の前へ供へて聲をかけると――蝠女が出て來て、運び込みます。
「フーム」
「尤も、雜用倉で井戸も近く、手輕な流しも附いて居るから、倉の中でも食物の支度は出來ないこともありません」
八五郎の報告はこんなことでした。
その次の八五郎の報告は、七日ほど經つて居りました。月はもう明るくなつて、江戸の秋も次第に薄ら寒くなります。
「妙なことばかりですよ、親分」
八五郎のせりふは、相變らず
「何が妙なんだ、大膳坊が
「そんなものを出しや、生捕つて
「人間が人間に化ける? 面白いな」
「だつて、どう見たつてあの
「どんな具合に」
「眼尻に紅を差して、顏一面に
「フーム」
「それだけなら兎も角、あの總髮は鉢卷をして居るから誤魔化されたが、間違ひなく
「どうしてそれがわかつた」
「滅多に傍へ寄せないが、鼻をかんだ紙へ黒いものがべつとり、
「フーム、そんなことはあるかも知れないな。誰がそんな樣子をして居るか、正體の見當はつかないのか」
「たしかに、何處かで見たことのある顏ですよ。この間から考へて居るが、どうしても思ひ出せねえ。
八五郎は口惜しがるのです。毎日顏を合せる男、それが明かに
「精一杯氣をつけることだ、外に變つたことはないのか」
「大膳坊をつれ込んだ、上州屋の
「何が變なんだ」
「何遍も身代限りをしさうになつて、半分は旅から旅に暮して居る樣子ですが、訊いて見ると、可哀想なところもあるんで」
「可哀想?」
「さうぢやありませんか。今から十二年前、今では越前屋の内儀になつて居る、お菊さんを、越前屋谷右衞門と張り合つて、山の手中の騷ぎだつたさうですよ」
「そいつは初耳だ」
「上州屋周太郎も若い時は好い男だつたさうで、その上金もちよいとは持つて居た。お菊さんは貧乏人の娘で、親達も何方にしようかと迷つたらしいが、男つ振りは大した違ひはなくても、金の方は三倍も五倍も持つて居た、越前屋に札が落ちた、――よくある奴ですね」
「で、上州屋周太郎は、今でも越前屋を怨んで居るのか」
「心の中では何んと思つてるか、覗いたつてわかりやしませんが」
「當り前だ、
「十二年も經つたことだから、今では平氣で附き合つて居ますよ。何んと言つても越前屋は、あの土地では大した羽振りだ、あれに
「で?」
「内儀――と言つても、あの綺麗さで、娘のやうに若い、そのお菊さんの顏を見る、上州屋の眼といふものはありませんよ。
「そんなところは感心に眼が屆くな」
「あの内儀のお菊さん、一度親分に見せ度いな、三十と言つても、好い女は不思議に年を取りません。
「もう澤山、お前が見ると、
「上州屋周太郎、口惜し
「大變な男だな」
「こんな男の後押しぢや、大膳坊倉の中で何をやり出すか、わかりやしませんね」
「ところで、もう一つ、
「變な女だと思つたが、段々見て居ると、こいつも惡くない女ですよ。前帶に
「何しろ、變なことばかりだ。いづれ、俺も行つて見るが、御用が多くて今は手が拔けねえ、暫らく念入りに見張つて居てくれ」
「へエ」
八五郎は不足らしい顏をしますが、まだ何んの變化もないので、平次を引つ張り出したところで、縛る相手もない有樣です。
「
さう言つて激勵するのが精々です。
「親分、大變ツ」
八五郎が
「到頭來やがつた。お前の大變が來さうな時分だと思つたよ」
平次はニヤリニヤリと一向に驚く風もありません。
「忙がしいなんて言つちや居られませんよ。直ぐ出かけて行つて、あの野郎を縛つて下さい」
八五郎は、何うやら、
「まア、落着いて話せ、何處へ行つて、誰を縛るんだ」
「上州屋の周太郎ですよ。あの野郎が」
「上州屋の周太郎がどうしたんだ」
「混んがらかつちやいけません。順序を立てて聽いて下さい」
「混んがらかるのはお前の方ぢやないか、何がどうしたんだ」
「あつしが、
「あまり結構な圖ぢやないな。まア宜い、其處に何があつたんだ」
「大膳坊が井戸端で、
「思ふよ」
「ぬれ手拭を使つて、背中を拭いて居るところでしたが、何氣なく見ると、左右の腕に彫物があるぢやありませんか。――二の腕から肩へかけて、左は上り龍、右は下り龍だ」
「フム」
「はつと思つたが、あの
「――」
「
「馬鹿野郎、何んだつて逃げ出さないんだ」
「だつて、動き出せば、相手も氣がつくでせう。さぞ、若い男のあつしに行水姿を見られて、極りが惡からうと」
「馬鹿だなア、お前の馬鹿は底が知れない」
「バアと飛び出しや、どんなにびつくりするか、それを考へると。あつしは眼をつぶつてぢつとして居る外はありません、――そのまた行水の長いこと」
「――」
「
「何處へ」
「大膳坊は上州屋周太郎に違ひありません。一人二た役、鹽町に飛んで行つて、引拔いて居るところを、この眼で見ようと思つたんで」
「上州屋周太郎と大膳坊と、顏を合せるやうなことはなかつたのか」
「あとで思ひ當ると、不思議に二人は顏を合せなかつたやうで。大膳坊は朝から夕方まで藏の中で
「フーム」
「それに、大膳坊は變な拵へをして居ましたが、思ひ合せると、上州屋周太郎の顏立ちで、作り聲をして居ても、聞いたことのある地聲が出ました」
「それから、どうした」
「飛び出さうとすると、
「間拔けだなア」
「三十女は強い、帶ひろどけて、變な風をして居る
八五郎は
「見たかつたな、紫頭巾の巫女と取つ組合ひの場を」
「冗談ぢやありませんよ、あつしもあれほど
八五郎の話の馬鹿々々しさに、平次の女房のお靜は、たまり兼ねてお勝手に逃げ込んでしまひました。多分、腹を抱へて笑つて居ることでせう。
「それつきりか」
「話はこれから大變なんで、
「?」
「表は締つて居て、叩いても押しても開きやしません。裏へ廻つて飛び込むと、主人の周太郎、男のくせに、鏡と首つ引で
「化粧?」
「あつしもあんなに驚いたことはありませんが、周太郎はなほ驚いた樣子で、顎や頬から、
「フム」
「どう思ひます、親分。大膳坊は間違ひもなく上州屋周太郎でせう。一人二た役で、何んか惡いことを
成程これは、八五郎一人の手に了へさうもありません。
「そいつは容易ならぬことだ。それほど用心深い大膳坊が、薄明るい井下端で、
「さうでせうか?」
八五郎にはまだ
「惡者共の仕事は濟んだのだよ。そんなところをお前に見せるのは、勝負を仕掛けたやうなものだ。行つて見よう、八」
「何處へ?」
「知れたこと、傳馬町の越前屋だ、――お前一人に任せて置いたのが手ぬかりだつたかも知れぬ」
平次は手早く支度をしながら、
道々、平次は八五郎に
「お前が越前屋の倉の裏を覗いたのは、誰かにけしかけられたのか。お前の思ひ付きぢやなささうだが」
「その通りで、――前の晩周太郎が、越前屋へ來た時、あつしを門口に呼出して、さう言ひましたよ、――大膳坊さんは、明日あたり、身體を洗ひ度いと言つて居たが、あの人は、俗人に身體を見られるのを、ひどく嫌がるから、親分はそのつもりで、人を近くへやらないやうにして下さい――とね」
「覗いて見てくれと言はぬ許りだ。ところで、
「大膳坊は周太郎と顏を合せない代り、蝠女が皆んな取次ぎますよ、――あの蝠女といふのが大變な女で、周太郎と出來て居ますね」
「何んだと?」
「女の素振りの鑑定にかけては、親分はだらしがねえが、あつしの方は
「畜生ツ、それでわかつた。急げ、八。大詰の幕は開いたかも知れない」
二人は本當に
夜中の街を、神田から四ツ谷傳馬町へ、二人が越前屋へ着いた時は、平次が心配したやうに、事件はもう、
越前屋の主人谷右衞門は、平次が來たと聽いて
「錢形の親分さん、これを見て下さい」
手を取るやうに
「これは何時頃見付けました」
「ツイ
「まだあまり時は經つて居ない」
血も固まらず、體温も殘つて居り、この
「親分、――この下手人は、私にはよく判つて居ります」
「?」
「十二年前、この家内を、私と張合つた男、あの男に違ひありません、近頃は昔のことを忘れてしまつたやうに、馴々しく出入りして居りましたが――」
谷右衞門は
「それより、大膳坊に逢はせて下さい。一の倉で
「さア、それは」
主人谷右衞門には、まだ
「そんな事を言つてる時ではない、早く、早く」
平次に
土藏は開けられました。祭壇はそのまゝですが、中は全くの空つぽ、大膳坊の姿は言ふ迄もなく、
「祭壇の下に穴があるだらう、灯を」
平次が言ふと、持つて來ただけの灯は其處に集中されました。床板は剥がれて、其處から、何うして掘つたか、深い/\穴が續くのです。
土藏の下四五尺のところから、穴は横に掘られて、三間五間と續き、第二の倉、あの越前屋の富をしまひ込んで居る。金藏の下へと掘られて居るではありませんか。
「あ、これは?」
暫らく行くと、穴の天井が崩れ、土砂に埋まつて一人の男の死體があります。
「おや、大膳坊だ」
その死骸は、顏、口、頭は石で碎かれて居りますが、左右の腕に上り龍下り龍の
「もう冷たい」
死骸に觸つて見ると、もう冷えきつて居りました。少なくとも内儀のお菊よりは、一刻も前に死んだものでなければなりません。
大膳坊の死骸の先に、なほも穴が續いて居ります。平次と谷右衞門と八五郎が、
「あツ」
金藏の中に貯へた、越前屋の全部の富、五つの千兩箱のうち、三つまでが
× × ×
「これは一體どうしたことでせう。上州屋の周太郎が大膳坊に化けて越前屋の藏の中に入り込み、
歸り途、八五郎は言ふのです。
「その通りだよ。お前もなか/\勘が良い」
「ところで、金は盜んだが、大膳坊は穴の天井が落ちて死んでしまつた。蝠女は逃げ出さうと思つたが、周太郎の大膳坊と出來て居たので、周太郎が越前屋の内儀のお菊に、まだ未練があるのを口惜しがり、
八五郎はシタリ顏でした。
「大違ひさ」
平次の言葉は豫想外でした。
「どこが違ふんです」
「あんなに多勢顏を知つてる者の居る中で、いかに田舍芝居の一座に入つたことがあつても、周太郎は大膳坊には化けられないよ」
「へエ、するとあの上り龍下り龍の彫物は?」
「同じ惡者仲間の
「へエ?」
「周太郎は、少し甘口な大膳坊をだまし込み、人に顏を見られちや惡いとか何んとか、姿を變へさせて、ちよつと自分に似せ、三人力を協せて三千兩持出したが、バレさうになつたので、大膳坊を殺して、わざと穴を崩したに違ひない。大膳坊は刄物で殺されたのでなく、石で打たれて殺されたから、うつかり見ると
「?」
「行きがけの駄賃に、昔の戀の
「何處へ逃げたでせう、親分」
「
「行ますとも親分、何處まででも――」
八五郎は自分の不面目さも忘れて、八五郎らしく張りきるのです。
もう