「親分、大變な者が來ましたよ」
子分の八五郎、ガラツ八といふ
「何んだ? 今更借金取なんかに驚く
江戸開府以來と言はれた捕物の名人錢形の平次は、それでもとぐろをほどいて居住ひだけは直しました。まだ三十代に入つたばかり、
「女ですよ、親分」
「女に驚いた日にや、叔母さんに小言を言はれる度に眼を廻さなきやなるまい」
「それも唯の女ぢやねエ、兩國で江戸中の人氣を湧き立たせてゐる娘手品師のお關――良い女ですぜ」
「馬鹿野郎、
「へツ、大玄關は嬉しいね」
ガラツ八は泳ぐやうな足取で入口に引返しました。この掛合ひが、平次の
「あつ」
その雷鳴に尻を引つ叩かれたやうに、ズブ
「御免下さい、親分。私はあんまりびつくりして」
女は敷居際にヘタヘタと坐ると、
「大層物驚きをするぢやないか。俺はまた綺麗な雷獸が飛び込んだのかと思つて
「あれ、親分」
お關はさすがに極り惡さうでした。
「ところで何んの用事で飛び込んで來たんだ。まさか雨宿りぢやあるまい」
「え、大變なことが起りました。是非親分のお力を拜借して――」
「斷つて置くが、俺は喧嘩出入りと金のこと、それから色事に首を突つこむことは御免だよ」
平次は一服吸ひ付けて、大きく手を振りました。安煙草の
「そんな
「何? お玉が行方知れずになつたといふのか」
それは兩國中の見世物小屋を壓倒した、明星のやうな人氣者でした。藝はさしたることはないにしても、その磨き上げられたやうな冷たい美しさが呼物になつて、姉のお關以上に江戸中の人氣をさらつてゐたのです。
「ですから親分」
お關は持前の彈力的な身體をくねらせて美しい指先をかう拜む形に合せたりするのでした。
「お玉は
「十八ですよ」
「親許は?」
「可哀想にそんなものはありません。あんな稼業をしてゐる者は大抵さうですが」
「お前とは
「え」
平次は忙しく煙草を詰めて二三服立て續けに
「どうでせう親分」
「あの容貌で十八で、頼りになる親がないと來ると、
「飛んでもない親分」
「
「そんな氣障なんぢやございませんよ。歳こそ十八ですが、玉ちやんはからつきしねんねで、男と聽くと、木戸番の
「當てになるものか、小娘と何んとやらだ」
「ね、親分、本當にお願ひでございます。私にできるだけのお禮はいたしますが」
「お禮附の仕事なんかは眞つ平だよ」
「本當の姉妹ではないけれども、私はあの娘が可愛くて可愛くてならないんですもの。親分、この通り」
お關は濡れた肩を落して、疊の上へ
「
「昨夜、本所石原の宿から、フラフラと出た樣子でございます。朝顏を染めた中形の浴衣を着たまゝで」
「何にか心當りはないのか」
「物心のつく前から、旅藝人の中で育つて、親も兄弟も判らないのを苦にしてゐましたが、近頃何んでも、――私も素姓がわかるかも知れない――と
お關はさう言つて濡れた襟をかき合せるのでした。丁度その時、
「錢形の親分さんのお宅はこちらで?」
五十年輩の親爺が息せき切つて、危ない木戸を押し倒しさうに外から伸び上がりました。
「平次は俺だが――」
「あの、兩國から參りましたが、お關さんがこちらへ見えませんか」
「お關さんはこゝにゐるよ、何にか用事か」
「あ、爺さん、何んか急の用?」
掻き立てられるやうなあわたゞしい空氣に驚いて、お關も縁側へ顏を出しました。
「大變ですよ、お玉さんが」
「えツ」
不吉な豫感にお關は顫へ上がりました。
「死骸が
「本當かい、それは?」
お關は暫らく氣拔けのしたやうに立ち盡しました。
百本杭は人の山でした。
「えツ、寄るな/\見世物ぢやねエ」
露拂ひの八五郎に怒鳴り立てられると、彌次馬はパツと散つて、その中心から町役人と土地の下つ引に護られた若い女の死體が現はれます。
平次は靜かに近づくと片手拜みに、暫らく眼をつぶつて
「まア玉ちやん」
それを掻きのけるやうに、飛び付いたのはお關でした。
「お前はまア、何んといふむごたらしい」
昨夜着て出たまゝの朝顏の浴衣を着て、誰に持つて行かれたものか帶はありませんが、見覺えのある赤い紐が、死骸を縛つた荒繩と
「錢形の親分、御苦勞樣で」
町役人と下つ引は救はれたやうにホツとしました。錢形平次が來さへすれば、この
陽は西に傾きかけて、雨後の
「お關もうよからう。泣いてゐる時ぢやないぜ」
「ハイ」
平次に注意されて、お關は案外素直に立上がりました。
「傷は大したことはありませんね、死んでから付いたものと見えて、血も出てゐない」
「もう少し念入りに調べて見なきや――」
町役人と下つ引達が
平次はその眼から娘の死骸を
「ところで、これを見付けたのは?」
「私でございます」
中年輩の船頭風の男が顏を出しました。
「
「晝頃で、へエー、夕立の來る少し前でございました。潮が引くと
「引つ掛つてゐたのだな」
「不思議なことに、ざつと繩の端を杭に縛つてありましたが――」
「縛つて?」
平次は一寸考へ込みました。が續けて、
「娘手品のお玉とどうして判つた」
「誰ともなくそんなことを申しました」
「誰ともなく――だな」
「へエー」
「親分、變なことがありますが――」
後ろからそつと袖を引いたのはお關でした。
「――」
振り返つた平次は、お關の眼の中に、恐ろしく緊迫した、疑惑とも恐怖ともつかぬ色を讀んだのです。平次は默つて群衆をかき分けるやうに、町の物蔭にお關を
「何んだ、大層心配さうだが――」
「大變なことがあるんですが」
「早く言ふがよい、どうしたといふのだ」
「あの死骸は違つてゐますよ」
「何?」
「玉ちやんによく似てゐますが、玉ちやんぢやありませんよ」
「それは本當か」
平次も驚きました。お關の言葉は、あまりにも豫想外です。
「ちよつと似てはゐますし、浴衣もちやんと玉ちやんのですけれど、――子供の時分から一緒に育つた私にはよくわかります。玉ちやんには左の
お關はさう言つて、自分の二の腕を捲つて見せるのでした。夕陽に
「それは良いことを教へてくれた。禮を言ふぜ」
「あら」
「その代り暫らく默つてゐてくれ。曲者がお玉の浴衣まで着せた上、念入りに左の頬に傷を
「――」
「ところで
「いえ――そんなことが知れると親方に叱られるんですもの、誰にも言やしません」
「それからもう一つ、お玉が自分の素姓が判るかも知れないと言つたのは何時のことだ」
「一と月ほど前のことでした――尤も何んか變つたことがあつた樣子で、一二度そんなことを言つたきり、何んにも言ひませんでしたが、――あの娘は一體そんな片意地なところのある人で、氣に入らないことがあると、いくら訊いても打ち開けてはくれなかつたんです。――たゞソハソハしてゐるだけで」
平次は暫らく考へ込みましたが、材料が少ないので一流の空想を築きあげやうもありません。
「お玉は、何にか手廻りの物を持つて行つた樣子はないのか」
「いえ、本當に浴衣を着たつきりです。大切にしてゐた赤い
「いづれお玉の手廻りの道具や荷物を見せて貰はう、――多分夜になるだらうが、――それから石原から代りの者が來たら、お前も歸る方がいゝぜ」
「では親分」
二人はそれきり別れました。
平次が兩國の小屋へ行つたのはもう夜でした。皆んな石原の家へ引揚げて、小屋に殘つてゐるのは、晝のうち平次の家へ來た和七といふ番人の爺やだけ。
「おや、親分さん、御苦勞樣でございます」
こんな稼業の人間らしくもなく、少し
「飛んだ驚きだつたね、――ところで、いろ/\訊きたいが」
「へエへエ」
「小屋の景氣はどうだい」
「大層な人氣でございますよ、親分さん。尤も今日は休みましたが」
「お玉がゐなくなつたら、人氣にも響くだらうな」
「へエ、少しは響きますが、でも、お關さんがゐらつしやれば、大したことはないと思ひます。
「お關とお玉は仲が好かつたのか」
「羨ましいほどで、――みんな
「二人の氣風は?」
「雪と墨で、へエ」
「何方が雪で、何方が墨なんだ」
「お關さんの方は大ざつぱで、氣前がよくて、そのくせ涙もろくて、お玉さんは細かくて、念入りで、油斷がなくて――まあ、そんなことで御座いますよ」
和七は
「身持は?」
「こんな稼業の女にしちや、二人共嘘みたいに固い方でございます。――尤もお關さんには馬道の伊之助さんといふ、言ひ交したのがありますが、伊之さんは親がかりだし、お關さんはまだ借金が殘つてゐるし、自由にならないんで、可哀想ですよ」
「何んだい、その伊之助といふのは?」
「米屋の息子で――でも二人の仲は誰知らぬ者はありません。お關さんは又伊之さん一本槍で見掛けに寄らないあの人は貞女ですね」
「お玉は」
「あれは泥で拵へた上出來の人形ですね。あんなに綺麗なくせにこれんばかしも色氣といふものはありません、――その
和七爺やの話はなか/\よく要領を盡します。
「ところで二人の
「樂屋といふ程のものぢやございませんが、御覽下さいまし」
和七爺やはさう言ひながら、
「これは?」
「お關さんの鏡臺ですよ」
一つの
「此方はお玉のだね」
「へエ――」
これはまた綺麗過ぎるほどよく片付いて、紙一枚散らばつては居らず、こぼれた白粉まで丁寧に拭き清めてあります。
そこから石原の宿へ、平次は、物を考へながら
娘手品の親方は近江金十郎といふ五十男で、仲間では顏の通つた方ですが、それよりも女房のお角は、名前の通りの四角な顏と、恐ろしい勢ひでまくし立てる
「おや錢形の親分さん」
金十郎が
「まア、いゝよ。そのまゝで話してくれ」
そんな氣輕なことを言ひながら、
「佛樣は何時引取れることになりませう。何んと言つても長い間よく
金十郎は今まで一肌脱ぎで
「まだ、お調べが殘つてゐるのだ、――明日のことだらうよ」
そのお玉の死骸が全くの人違ひとも言へず、平次はこんなことを言ふのです。百本
「ところで、お玉の
平次は大事なことをきり出しました。
「十七八年前でございました。原庭のお豊さんといふ取上婆さんが、お誕生が過ぎたばかりの女の兒を抱いて來て、引取手のない可哀想な子だからと、私共へ預けて行きました。いづれ若旦那と奉公人か、藝子と客の間にできた子でせう」
「身許がわかるやうな品物とか書き附けとか、そんな物はなかつたのかな」
「何んにもありやしません。小倉の
鹽辛聲のお角は
「お關の方は?」
「お玉よりは丸二年も早かつたのですから、今年で丁度二十年になるでせう。これは百日經つたか經たないかと思ふ女の兒を
金十郎は辯解らしくそんなことを言ふのです。
「親許はわかつてゐるのだな」
「いえ、あれは
「棄兒?」
「
「さう言ふとお玉の方には着物も金も附いてゐたやうに聽えるが――」
「金が五兩に、着物が二枚、――大したものが附いてゐたわけぢやございません。原庭の取上婆さん、――もう七十でせうが、あのお豊さんはまだ達者ですよ。あの人に訊いて下さればわかります」
「いや、そんなことでいゝだらう。ところで
平次はあまり廣くない家の中を見廻しました。金十郎夫婦の外には、道化者の銅作と雇婆さんが一人ゐるだけ。そこにはお玉と共に美しさと魅力を
「お關はまだ戻りませんが」
「え?」
「あの大夕立の前に出たつきりですよ」
道化の銅作は註を入れました。舞臺では鼻の下に二本の白い棒を描いて、お關とお玉にからかはれてばかりゐる間拔けですが、素顏は三十五六の小氣の利いた男前です。成程道化は馬鹿には出來ない――忙しい中にも平次はそんなことを考へてをります。
お關は消えてなくなりました。平次は百本
「容易ならぬことだ、一と晩くらゐは寢なくつたつて
「親分は?」
「馬道の米屋へ行くよ。お關と言ひ交した相手は、伊之助とか言つたな」
平次と八五郎は西と東に別れました。もうやがて
馬道の米屋――越後屋の伜伊之助は、錢形平次に月下の往來に呼出されて、眞夏の夜に胴顫ひをしてをりました。江戸中に響き渡つた御用聞に調べられてゐると思ふ緊張感と、もう一つは、二世も三世もと、
結局四半刻(三十分)もいろ/\のことを訊いて、平次の掴んだことと言つては、――お關と伊之助は一年も前から親しくしてゐたこと、――戀するものの分別で、無理な逢ふ瀬は作つてゐるが、お互にこの行詰つた境遇を打開して一緒になる目當ては殆んど付いてゐないこと――伊之助の父親の伊兵衞は、人並すぐれた
「そして、添ひ遂げられなかつたら、二人は死んでしまひます。親分さん」
さう言つて月に振り仰いだ伊之助の顏は、痛々しくも濡れてゐるのでした。
この無力で熱烈で、どこまでも無分別と臆病とで動いて行く戀の鬪士の、夢みるやうな悲歎の顏を見ながら、
「お關の行方は判らないんだぜ。今頃は殺されてゐるかも知れないよ。何にか心當りはないのか、え?」
平次は最後の問ひ――答へのない問ひを投げかけて切上げる外はなかつたのです。
兎も角も神田の家へ歸つて、戀女房のお靜に遲い晩飯の仕度をさせてゐると、ガラツ八の八五郎もさすがにヘトヘトになつて戻つて來ました。
「親分。あのね、お豊といふ取上婆さんには弱りましたよ。すつかり
「橋番は」
「大川橋の橋番を三十年も勤めた喜之助といふ親爺はこの春死にましたよ。二十年前の大晦日の晩に、
「それつきりは心細いが、あとは明日のことにしよう、――御苦勞々々々」
「へエー」
「明日はうんと早く百本
八五郎は夜半過ぎの月下の街を向柳原の叔母の家へ歸つて行きました。
「さア、大變だ。親分」
ガラツ八の八五郎が
「お關がどうかしたのか」
平次は一と晩惱んだ不安をツイ口に出したのです。
「百本杭に引掛つてゐましたよ」
「死骸になつてか」
「ひどく
「助かるか」
「命だけは取止めるかも知れません」
「有難い」
平次は直ぐ飛び出しました。が、近所の本道(内科醫)の家に
「水を呑む前に目を廻したから、幸ひ
老醫はさう言ひながら、まだ
「錢形の親分、飛んだことになりました」
「どうしたのだ」
「お豊婆さんは昨夜死んでしまひましたよ」
「えツ」
「七十幾つとか言つても、まだ飛んだ達者な婆さんでしたが、
「そいつは大變だ。八、大急ぎで行つて、婆さんの書いたものをみんな押へろ。覺え書か何にかあるに違げえねえ」
「合點」
八五郎は飛んで行きました。が、これも併し
「駄目だ、親分。一と足先に、婆さんの娘に逢つて、小判で、五兩と投げ出して、――私はお豊さんの昔の弟子だが形見に欲しいから――と、婆さんの書いたものを洗ひざらひ持つて行つた女がありますよ――若い、顏中
「何といふことだ」
平次は地團太を踏みますが、かう後手々々と廻つては、誰を怨みやうもありません。
平次の敗北は見事でした。お玉の替玉を殺し、お關を危ふくし、更にお豊婆さんを殺した曲者は、一體何を
「八、昨夜、石原の金十郎の家で、誰か外へ出た者はないか、念入りに調べてくれ。それからこれは下つ引でいゝが――馬道の米屋――越後屋へ行つて、若旦那の伊之助が何うしてゐるか、それも訊いて來るんだ、――拔かるな、相手は容易でないぞ」
「へエー」
八五郎が飛び出した後、平次は大川橋の橋番へ行つて、去年死んだといふ橋番喜之助の伜喜太郎を搜し出しました。それを搜し出すまでには、半日かゝりましたが、それでも竹町で
「二十年前の話だが、
「え、あの
「その話を
平次の問ひは嚴重で周到でしたが、折入つた丁寧さがありました。
「みんな申上げませう。親父が生きてゐるうちは、嚴重に口止めされたさうですが、私の代になつてまで、二十年も昔の義理を守つて、人樣に迷感を掛けちや濟みません。實は親分――あの赤ん坊は、最初立派な紋服を着せて
「え?」
「どこかの武家風のお女中が、供の者に抱かせて來て、棄てる時紋服の紋所だけは
話は全く豫想外ですが、平次の胸には始めてこの恐ろしい疑問を解く
「その後へ金十郎が來て、赤合羽に包んだ赤ん坊を拾つて行つたのだな」
「その通りですよ。金十郎はこの子は眼鼻立が良いから育て甲斐があるだらう――と言つたさうで」
「赤ん坊の紋服の紋を見なかつたらうか」
「女中が切り取る時チラと見たさうです、――恐ろしく珍らしい紋だつたと言ひますよ。何んでも
「有難う、それで解つたよ」
平次の聲は七月の空に晴々しく響きました。
杯三つ並べた不思議な紋は、旗本武鑑を見るまでもなく、上野山下に屋敷を持つてゐる三千五百石取の旗本
一方ガラツ八の調べで、お豊とお關が襲はれた晩、金十郎の家を脱出したのは、道化の銅作と判つて、これもその日のうちに御手當になつたことは言ふまでもありません。
越えて翌る八月の五日、亡くなつた三杯龍之助の
宇三郎は小身者ですが、それでも二本差には相違なく、町方の御用聞風情が差出がましく、彼れこれ言ふ筋では、なかつたのですが、日頃平次に眼を掛けて居る筆頭與力笹野新三郎が乘出してお玉の化の皮を剥ぎ、
三杯家の眞實の血筋を引いたのは、
だが、ようやく身體がもと通りに治つて、錢形平次のところに引取られたお關は、眞つ向から三杯家に引取られることを拒みました。
「眞つ平
頑として頭を振るお關の胸のうちには、越後屋の若旦那伊之助の
× × ×
お玉は銅作、宇三郎と處刑されました。萬事落着した後で平次は八五郎のためにかう説明してくれたのです。
「宇三郎は三杯家の跡取りがなくなると、昔の自分の指金で捨てさせた三杯家の娘を
「へエー、太てえ奴ですね」
「ところで、お玉を見世物小屋からつれて行くと世間の口がうるさい。その噂の種を封じるつもりで、幸ひ神奈川在から來て居る親なしの女中が急死したのを、お玉の身代りに百本
「へエー」
「その上、死骸の耳の下に傷を拵へて、お玉の
「――」
「俺も最初は五里霧中だつたが、手品の小屋で二人の鏡臺を見た時、お玉の方があんまりよく片付いてゐるので、これは用意をして逃げたのだな――と判つたよ。銅作が相棒とは氣がつかなかつたが、お關を殺しかけた晩に取上婆さんを殺したのは、どうせ一人の仕事ではない。――お關を殺さうとしたのは矢つ張りいろ/\のことを知られてゐるからだよ。それに二の腕の彫物が物を言ふとお關の方が三杯家の血筋とすぐわかるぢやないか」
「ひどい女ですね」
「あのお玉は、綺麗で冷たくて勘定高いから、小屋で育つて十八になつても、下らない男には迷はないが、勘定づくでは年の三十も違ふ宇三郎に喰ひ下がつたり、鼻の下に
「そのお關はどうなるでせう」
「心配するなよ、今では越後屋の嫁になるのばかりを樂しみにしてゐるよ。あの通りお靜が手傳つて、せつせと嫁入支度だ」
平次はさう言ひながら、隣の部屋でせつせと針を動かす二人の若い女の幸福な姿をそつと指でさすのでした。