「親分、お早やうございます」
八五郎はいつになく
借金の言ひわけと
それは兎も角、平次は相變らず粉煙草をせゝつて、
「八五郎の
ポンと分厚な大雜書を
「お早やう、起きてるんですか、親分」
八五郎の顏が六疊を覗くのです。
「あ、
「聲を掛けたのを、親分が聽えなかつたんで」
「
「イヤになるなア、金なんざ百も欲しくねえが、江戸の良い娘がベタ
「呆れた野郎だ。――ところで、此二三日顏を見せなかつたぢやないか」
「御婚禮へ行つてゐたんですよ」
「三日は長過ぎるぢやないか。まさか、お里歸りまで附き合つたわけぢやあるめえ」
「附き合ひましたよ。聟と嫁を送り出して、
「本人がその氣でゐるんだから、結構なことに違げえねえが、御祝言は
「岡惚れを一人なくしてしまひましたよ、へツ」
「泣くなよ、岡惚れはどの口だえ」
「富坂のお
「大層な御信心ぢやないか」
「親分でも、あの娘を一と眼見ると、そんな心持になりますよ、――そのお鈴坊を見染めたのが、牛込肴町の
「それにお前は掛り合ひがあるのか」
「金持なんかに、掛り合ひはありませんよ。何しろお鈴坊が嫁に行くとなると、牛込から小石川かけての若い男は皆んな
「散々當てられたことだらうな」
「ところが、あんまりさうでもなささうで、――若い夫婦などといふものは、あんなものぢやありませんね。野郎の方は見つともない程附き
「八五郎とあべこべだ」
その日の話は、これで
それから十日餘り、八五郎が少しあわてて入つて來ました。
「どうした八、今日は首尾よく格子を外したぢやないか。何をあわてて居るんだ」
平次は
江戸は太平無事で、氣のきいた泥棒猫も居さうはなく、平次の出勤を
「變なことになりましたよ、神樂坂上の
八五郎は獨りで呑込んだことを言ひ乍ら、自分の袂でグイグイと汗を拭くのです。
「何へ
「
「それがどうしたのだ」
平次はもどかしさうに先を
「兄の殿松と間違へられて、弟の捨吉が、船河原町の路の上から、御見附下のお濠に突き落されたのですよ。捨吉は男つ振りは好いけれど、あつしとポチポチで、まるつ切りの徳利だ。その上あの邊は
「お話中だがネ、八、あつしとポチポチといふのは、泳ぎの出來ないことがポチポチなのか、それとも、男つ振りの好いところがポチポチなのか、それをはつきりさせねえと、お
「あれ、負けて置いて下さいよ。兩方だと思へば間違ひはないわけで」
「勝手な野郎だ」
「アプアプやつて居るところを、見附のお役人が見付けて、――これも
「無駄が多いな」
「あすこは時々身投げがあるから、小船が用意してありまさア、早速引揚げて
八五郎の話はどうやら一段落になりました。綺麗な嫁が
「ところで、捨吉と間違へた兄の殿松も泳ぎは出來ないのか」
平次はちよつと突つ込みます。
「それが不思議なんで、兄の殿松は町道場の看板で、武藝も泳ぎも、相當にいくんですつて」
「
「尤も、捨吉は何んかの寄合があつて、兄の殿松の夏羽織を借りて行つたんですつて。そんな野暮なものを着て歩くから、魔が射すんでせう」
「お前の言ふことは、相變らず途方もないよ。ところで、その
「山の手の若い男が皆んな下手人見たいなもので、三日でもあの嫁を見張つてゐたあつしだつて、殿松の不景氣な
「そのうち、近いところでは?」
「
「それに八五郎か」
「冗談、あつしはそんな覺えはありませんよ」
「兎も角、うるさいことがありさうだ。目を離さねえやうにしろ」
「親分にさう言はれると、威張つて
八五郎は他愛もありません。娘の品定めといふと、眼の色が變るのです。
縁臺風景――縁臺
平次も、明神前の路地の下で、縁臺クラブの中に入つて、あまり上手でもない
「どうした八、
平次は事ありと見て、碁を片付けました。
「
全く唯事でない見幕です。
「
「あの高慢ちきな野郎がどうしたつて、驚きやしません、――死んだのは、嫁のお鈴ですよ。醫者は
「よし行かう。お前は驅けられるか」
照り續きの町、人々の夢を驚かして二人はお濠端傳ひに
兜屋の店は、肴町の表通りで、
「あ、錢形の親分、これは良い方が來て下さいました。八五郎親分が飛んで行つたやうですが、夜中でもあり、嫁は
兜屋主人の三郎兵衞が、迎へてくれます。
「飛んだことでしたね。八五郎が見張つてゐて、斯んなことになつちや」
「八五郎親分は、宵から見張つて居ましたが、ちよいと、
主人三郎兵衞に
「若旦那ですよ、親分」
八五郎に袖を引かれて振り返ると、身體だけは立派ですが、不機嫌な
「お氣の毒でしたね、若旦那、――皆んな外に居たんですか」
平次は店の外をグルリと見廻しました。三間間口の店で、半分は大戸を下ろしてありますが、店の灯の屆かないところに、
「皆んな外に居ましたよ。何しろ此暑さだから、寢たつて眠られやしません、――
殿松は相變らず、怒つたやうに言ふのです。
「御新造は内に居なすつたわけで?」
「暑いけれど、店先へ出ると、町内の衆に顏を見られるから、嫌だと申しまして」
「成るほどね」
まだ嫁に來たばかりのお鈴――、牛込一番と言はれたきりやうでは、人に顏を見られるのも無理のないことでした。
「親分、まだ
八五郎に言はれるまでもなく、平次は一刻も早く死骸を見て置くべきですが、八五郎が言ふ樣に妙に
「待つてくれ、醫者が居るなら、
「あつしと若旦那の
「私はツイ口を出し過ぎて、八五郎親分に怒られました」
主人はすつかり照れて、ポリポリ
「
「それはお隣の御隱居と、裏の米屋の多吉さんで――女達は二つ三つに固まつて、無駄話をして居りました」
「誰か動いた者はなかつたのか。家の中へ入るとか、何んとか」
「私は店へ一寸入つて、納戸から提灯を持つて參りました。月明りはあるが、手元が暗かつたので」
「おや?」
平次は背伸びをするやうに、提灯を押へました。その時
八五郎が手を貸して、それを叩き消すのに大骨を折りましたが、それでも提灯を半分殘して、燃えさしの蝋燭は下水の
奧の一と間、中庭に面した六疊には、若い女の死骸が、
それは綺麗に片付いては居るが、新夫婦の部屋らしく、何んとなく
死骸は
八五郎から噂は聽いて居りましたが、
「錢形の親分か」
顏を擧げたのは、神樂坂の
「徳庵先生でしたか。御氣付きのことは?」
「この御嫁御は、刄物を持つてゐるから、自害をしたに違ひないが、――それにしては少しばかり氣に入らないことがあるな――」
徳庵先生は、
「――喉の傷は、首筋を掻き切つて居るが、後ろから逆手に刄物を引いたものだ。自分の手では斯うは引けない。――自分の手で刄物を前へ引くと、どんなに加減をしても喉笛をやられるわけだ」
傷は喉笛の側に深々と始まつて、左
「刄物が違つて居ませんか」
「いや違つてゐない。その死骸の持つて居る刄物で切つたのだ」
死骸の持つて居る刄物といふのは、上等の
「
「最初からなかつた」
「御存じありませんか。この品を」
平次は主人の三郎兵衞を振り返りました。
「よく存じて居ります。それは私がまだ榮えた頃、昔の主人から頂いた鎧通しで、主家の武功を傳へた品でございます」
「
「隣の部屋の
「では」
立上がらうとする平次を、八五郎が呼び止めました。
「親分、ちよいと待つて下さい。その刄物が少し變ぢやありませんか」
「お前も氣が付いたのか」
「一度拭いて又血を
八五郎の頭もなか/\よく働きます。
「それつきりか。――お前にしては、大層氣がつくやうだが」
「氣のつくわけがありますよ。先刻あつしが死骸を見たときは、死骸の手には刄物はなかつたんですもの」
「何? 刄物がなかつた?」
「刄物がなきや自害の筈はありません。自分の喉を突いた佛樣が、刄物を隱すわけはない」
「理窟だな、――
「だからあつしは明神下まで飛んで行つて親分を引つぱり出したぢやありませんか。皆んなが自害だといふけれど、どうも腑に落ちないから」
「よしわかつた、徳庵先生に伺はう。ね、先生、死骸は最初刄物を持つて居りませんでしたか」
平次はすつかり緊張して居りました。事件は思ひも寄らぬ發展をしさうです。
「いや、刄物は持つて居ましたよ。私が使ひの者と一緒に驅けつけた時は、八五郎親分はもうゐなかつたが――」
「すると、八の間違ひぢやないか。死人に刄物を持たせるといふのは、そんなに容易なことぢやないが」
刄物は
「いや、一
それは
「最初に見付けたのは?」
平次は改めて
「あの、娘のお袖でございました」
「此處へ、呼んで頂きませうか」
「おい、お袖、お袖」
主人が手を叩くと、返事もせずに――いや口の中で返事をしたのかも知れませんが、縁側の障子を開けて、ソツと顏を出したのは、十六、七の、可愛らしい娘でした。
「――」
默つてお辭儀をするのへ、
「親分が御用だと仰しやる」
「ハイ」
「いや、大したことぢやない。そんなに固くならずに」
「――」
ゴクリと
「
「ハイ、――家の中が空つぽですから、私は時々見廻つて居りました。下女のお崎は、御近所の方と話に夢中で、何處へ行つたかわかりません。
お袖はその時のことを思ひ出したらしく、言ひかけて身を
「誰にも逢はなかつたのか」
「誰にも逢ひません」
「庭に人影は?」
「氣がつきませんでした。尤も私はもう夢中でしたから」
「その時、御新造のお鈴さんは、手に刄物を持つて居たのか」
「さア、そこまでは――多分持つて居たやうに思ひましたが」
「娘の聲に驚いて、皆んな立ち上がりました。驚いて飛込んで來ると此有樣で」
主人の三郎兵衞は補足するのです。
「その時の
「手代の岩三郎が、店から行燈を
平次は若旦那の
「外に何にか、氣の付いたことはありませんか」
「ない、――なんにもないが、私にはわからないことばかりだ」
殿松は相變らず不機嫌な顏をして居ます。
「御新造の手に刄物があつたことに氣がつきましたか」
「私は、八五郎親分と一緒に飛込んだが、――お鈴の手には刄物がなかつたやうに思ふ。――が、これは、私の見違ひかも知れない」
殿松はブツ切ら棒に斯う言ふのです。
「それから死骸の側を動きましたか」
「私は直ぐ御醫者に飛んで行つた。――此處には、父さんと妹が殘つて居た筈で――八五郎親分は、お鈴がこと切れてゐると見ると、私と一緒に飛出して、明神へ飛んだやうで」
「その時あとに殘つたのは、御主人とお孃さんだけで」
「さうなりますか、――尤も、私は捨吉のことが氣になつて、一寸二階を覗きましたが」
主人三郎兵衞は
平次は尚ほも灯を借りて、縁側の下、庭のあたりを見ましたが、
「暫らくお孃さんを拜借しますが」
平次が立ち上がると、お袖は手燭を取上げて恐る/\それに從ひました。廊下を少し行つて、
「お孃さん、お鈴さんの喉を突いた、
「この部屋にあつた筈です」
平次の問ひに應へて、娘は部屋の
用箪笥の引出しを下から順々に開けて行くと、三つ目の引出しに、鎧通しの巖乘な
「お孃さん、何にか知つて居なさるでせう。惡いやうにはしない、言つて下さい」
「いえ、私は何んにも――」
お袖は首を振るのです。
「言ふことがあつたら、打ち明けて下さい。ね、お孃さん」
平次はもう一度さう言つてお袖を一人殘して部屋から滑り出ると、廊下に待たして居た八五郎を差し招いて、二階の梯子段を上がりました。
「親分、お鈴は本當に殺されたのでせうか。殺されたとすると、下手人は誰でせうね」
八五郎は好奇心で一パイ、梯子を
「外から曲者が入つた樣子はない。縁側は行止りだし、店先には一パイ人が居る。――お鈴は安心して後ろ向になつたまゝ月を眺めて居た。――曲者は隣の部屋から
「誰でせう」
「まだ俺にもわからないよ」
二階に上がつて少し行くと、此暑いのに閉め切つた部屋があり中から灯が洩れて居ります。
「御免下さい。お休みですか」
「いえ、まだ起きて居ります。どなたで?」
力のない
「では御免下さい」
平次は唐紙を開けて、ソツと入りました。プンと藥が匂つて、
「何にか御用で?」
「私は明神下の平次ですが、御新造の亡くなられたことに
「私は御覽の通りの病人で、むさ苦しいところですが」
捨吉は起き直らうとしましたが、ひどく
「どうぞ、そのまゝに、――お氣の毒ですが、少しばかり訊かせて下されば」
「濟みません、こんなに意氣地がなくて。以前はそれほどでもなかつたのですが、いつぞや、お濠に落ちてから、風邪を引いたせゐか、急に惡くなりました。近頃では三度の物まで、妹が此處へ運んでくれます」
いかにも
「お前さんをお濠に投げ込んだ相手はわかりませんか」
平次の問ひは妙なところから始りました。
「少しも見當はつきません。――富士見町に
「ところで、お鈴さんが死んだときのことを何にか氣がつきませんか。私はあれは自害ではなくて、人に殺されたのだと見て居るのだが」
平次はズバリと打明けました。
「何んにも氣がつきません。此處までは大分離れて居りますし、――家の者が騷ぎ出したので、
捨吉は大して驚く樣子もなく靜かに受けます。
「お鈴さんを殺すやうな相手を、心當りはありませんか」
「さア」
捨吉の顏は、灯に
「八、お前手拭を持つて居ることだらうな」
「持つて居ます」
梯子段の途中で平次は妙な事を訊ねました。
「ちよいと貸してくれ。――俺の一本だけぢや間に合ひさうもない」
「これで宜いんで?」
「汚い手拭だな、
「それが、本所の伯父さんの形見なんで」
「間拔けだな。三年前に死んだ伯父さんの形見の手拭を、
平次は無駄を言ひ乍ら、上から下へ、梯子段を拭いて居りましたが、中途で立止つて、階下の灯に
「どうしました、親分」
「シツ、聲が高いぞ。大きな聲は無駄を言ふ時だけにしろ、――これを見ろ、眼で見ただけぢや氣がつかねえが、濕つた手拭は正直で、薄く桃色に附いたものがあるだらう、――間違ひなく血だよ。手へ着いた血が、四つん這ひになつて梯子段を登る時――」
「すると、あの
八がいきり立つのを、平次は手をあげて押へました。
「靜かにしろといふのに、わからねえ野郎だ。――着物の裾から着いた血かも知れないぢやないか。そんな着物を知らずに着て居る者はないか、それとなく氣をつけろ」
「へエ」
「それから、死んだ嫁のお鈴と、家中の者との折合、近所の噂などを一應
「それ位のことは、三日も此家に居たんだから、
「どんなことがわかつたんだ」
平次と八五郎は縁側に立つて居りました。月は
「あの總領の殿松といふのは、父親にも弟の捨吉にも、妹のお袖にも似て居ませんね」
「俺もそれを不思議に思つて居るよ」
「なんでも、あの殿松といふのは、
「――」
「その上、あの面相の通り、近頃ではノサバリ返つて、
「達者な息子だな」
「嫁のお鈴だつて、本當は弟の捨吉と相合傘に落書をされた仲で、本人同士はその氣で居たのを、お鈴の母親が慾張つて總領の嫁にと望まれて乘出したので、可哀さうなのは弟の捨吉ですよ。散々見せびらかされて、病氣が重くなるのも無理はありません。これは近所の噂ですがね。嫁のお鈴はどんな氣でゐたか、死人に口なしで、そこまではわかりませんが――」
八五郎は
「それぢや、頼むぜ八。御近所の衆は飛んでもないことを知つて居るものだ」
「親分は?」
「少し調べ度いことがある。いや、
平次は庭口から外へ出ると、兜屋の裏からあまり遠くないが
本堂の横の拾石に腰をおろすと、後ろから
「親分」
三郎兵衞は
「――」
平次は默つてそれを迎へました。何んにも言ひませんが、身のこなし、
「錢形の親分、私を縛つて下さい、――伜の嫁を殺したのは、この私――兜屋三郎兵衞でございます」
三郎兵衞は言ふべきことを言つてしまつて、力が盡き果てやうに、平次の掛けて居る石の前、同じやうな捨石にガツクリ
この男には、恰幅にも
「そいつは手輕に受取り兼ねるが、――わけを聽きませうか」
「申し上げませう。今更嫁が自害したと申したところで、親分は本當にして下さらないでせう。皆んな申上げて、親分のお繩を頂戴しませう」
「――」
平次は先を
「斯うなるのは、矢張り約束ごとでございます。――今までは隨分隱して參りましたが、――私の伜、總領の
「それは噂で聽いたがどうしたわけなんで」
「元私は、八千五百石取の大旗本の用人でございました。主人の名前は御勘辨願ひます。
「――」
平次は舌を鳴らしました。此社會のだらしのなさ、日頃尤もらしい顏をして居るだけに馬鹿馬鹿しくなります。
「私は大枚の金を頂き、不義の相手は私といふことにして、お屋敷を追ひ出されました。私が覺えのない子は、それから五ヶ月目に生れました、これが殿松でございます。女房は殿樣の
「――」
平次に取つては想像も及ばなかつた世界の物語です。
「十年經つて女房は
「で?」
「嫁のお鈴も、元は弟の捨吉に
「――」
「こんなことになるのも、元は私の間違ひからで、今更
三郎兵衞は絶句したまゝ、自分の涙に
「わかつた。が、あの死骸に
「それも私でございます、――嫁が自害したやうに見せかけるために」
「まア、宜い。が旦那、――そんなことで、平次を
「親分」
「お前さんにも手落ちはあつた。主人の不都合の
「あゝ、親分」
「私は歸りますよ」
クルリと背を向けて往來に出ると、
「
八五郎は曉の町を馬のやうに飛んで來るのです。
「俺はもう歸らうと思ふよ」
「下手人はどうするんです。――親分に言ひつけられた通り、皆んなの着物の裾を見ましたが、何しろあのひどい血だ。妹のお袖は身仕舞が良いから無事だけれど、あとは皆んな何處かに血を附けて居ますよ」
八五郎はそれが此事件の大きな
「さうだらうとも、十手捕繩を預かる八五郎でさへ、
「冗談ぢやない」
「だが、あのお袖といふ娘は良い娘だつたな。あんなに氣の廻る娘を、俺は見たこともないよ。八の嫁には、少し――」
などと、相變らず、呑氣さうな平次です。
× × ×
「親分、
秋になつて、ある日の茶呑話に、八五郎は平次に
「下手人が死んださうだから、もう打ちあけても差支へあるまいが」
「死んだ――といふと、あの弟の捨吉ですか。身動きも出來ない
「一生懸命は恐ろしいよ。後からはつて行つて、聲くらゐは掛けたかもしれないが、昔の戀人だから、お鈴は氣にもしなかつたことだらう。そこを後ろから喉笛を切つた。
「――」
「それから、
「――」
「その後へ、主人の三郎兵衞が行つた。嫁の死骸を見て
「へエ、成程」
「あの時私は主人が怪しいと思つたよ。娘のお袖は、提灯を持つて來た時、父親の樣子が變なので、直ぐ家の中へ入り、兄嫁の死骸を見て、何も彼も覺つてしまつた。あの娘はたつた十七だといふが、恐ろしく身仕舞が良いばかりでなく大變な氣の廻る娘だ。早くも
「成程ね」
「主人の三郎兵衞は、俺の調べの樣子に氣が付いて、伜の捨吉が危ないと見てすぐ名乘つてきたが、こいつは縛れない。――本當の下手人も、あの通り、何時死ぬかわからない重病人だ。これを床の中から縛る氣にはどうしてもなれなかつた」
「へエ」
「それから氣をつけて居ると、捨吉は間もなく死んでしまつたさうだし、兜屋の主人三郎兵衞は、娘のお袖と二人、隱居をして、引越してしまつたさうだ。殿松は押しが強いから、良い
「隨分變な話ですね」
「變な話だよ、――諸方に
「あつしのやうなのは大丈夫で」
「相手も無きや、金もないから、成程無事過ぎて張合がない。嫁でも搜す氣になれよ。幾つだと思ふ」
「あ、又始まつた。もう少し獨りで置いて下さいよ。後生だから」
三杯目の