子ざると母ざる
母が子供に読んできかせてやる童話
小川未明
ある日、かりゅうどが山へいくと、子ざるが木の実を拾ってたべていました。もうじきに冬がくるので、木の葉は紅く色づいて、いろいろの小鳥たちが、チッ、チッ、といって鳴いていました。
かりゅうどは、子ざるを見つけると、足音をたてぬように、近寄りました。
「はてな、子ざるひとりとみえるな。親ざるはどうしたろう?」
あたりを見まわしたけれど、母ざるの姿が見えませんでした。
「きっと子ざるめが、母ざるの知らぬまに、遊びに出たのだ。鉄砲で打つのは、かわいそうだ。どれ、つかまえてやろう。」
かりゅうどは、腰につけていた、つなで、おとしを造りました。そして、自分は、その端をにぎって、木の蔭に隠れていました。
それとも知らずに子ざるは、木の実をさがすのに夢中になっていました。そのうちおとしの中へ入って、はっと思うまに、子ざるは、かりゅうどの手に捕らえられてしまいました。
かりゅうどは、村へ帰ると、子ざるを家の前の木につないでおきました。すこし馴らして、町へ売りにいこうと思ったのです。
村の子供たちは、見物にきて、芋を投げてやったり、かきを投げてやったりしました。子ざるは、上手にそれを受けて、食べていましたが、山の林で、拾ってたべた木の実のようにおいしくありませんでした。寒い西風が吹いて、木の枝が動くのを見ると、山のお家が恋しくなるのでした。
「お家へ帰りたいな。ひとりでは、道がわからないし、自分の力では、腰についている鏈を切ることができない。」
子ざるの目からは、熱い涙がわきました。
そこへ、つえをついて、白いひげのはえた、おじいさんがきました。
「孫たちがほしがるので、この子ざるを、私に売ってくださらないか。」といいました。
「おお、酒屋のご隠居さんですか。あなたが、このさるを買ってくだきれば、私は、町へ持っていく骨おりなしにすみます。」と、かりゅうどは、答えました。
子ざるは、こうして、その日から、酒屋の正ちゃんや、かね子さんの遊び相手となったのです。
かね子さんも、正ちゃんも、どちらも欲張りでした。
「このおさるは、僕のだよ。」と、正ちゃんがいうと、
「いいえ、このおさるさんは、私のよ。」と、かね子さんがいいました。
「ちがうよ、僕のだから。」
二人は、たがいにいい争って、祖父さんのところへききにきました。
祖父さんは、ただ笑って、返事にお困りになりました。
「さあ、だれのだろうな。それは、おさるさんにきいてみるのが、いちばんいい。」と、祖父さんは、おっしゃいました。二人は、こんどは、子ざるのところへまいりました。
「おさるさん、僕のだねえ。」と、正ちゃんが、いいました。
「おさるさん、私のだわねえ。」と、かね子さんが、いいました。
りこうな子ざるも、やはり返事に困って、しばらく頭をかしげて考えていましたが、
「私は、私をいちばんかわいがってくださる方のものになります。」と、答えたのです。
正ちゃんにも、かね子さんにも、子ざるの返事が、わかったでしょうか?
山では、母ざるが、かりゅうどにつれられていった日から、夜も昼も子ざるのことを思って忘れる日がありませんでした。
「いまごろはどうしているだろう。あれほど、遠くへひとりで遊びにいってはならぬといったのに、いうことをきかないばかりにこんなことになってしまった。達者でいてくれるだろうか。」と、里の方を見て心配していました。
思いがけなく、山のからすが、母ざるのそばへ飛んできて、
「ご心配なさいますな、子ざるさんは、お達者で、かわいがられていますよ。」と、自分の見てきたことを話してくれました。
母ざるは、それをきくと、どんなに喜んだでありましょう。幾たびもしんせつなからすに向かって、お礼をいいました。そのうちに雪が降りはじめました。山も、野原も、真っ白になりました。
山のからすから、子ざるのいるところを聞いた母ざるは、ある晩山を下って、雪の野原を歩いて、子ざるのところへたずねてまいりました。
それは、寒い晩で、子ざるは、箱の中のわらにうずまって、眠っていました。すると、だれか起こすものがあります。驚いて、目をさますと、いままで夢で見ていた、なつかしい母親が、顔の上からのぞいているのでありました。
「お母さん!」
「しっ、しずかに、いま、おまえをしばってある鏈を切ってやるよ。」
母ざるは、指のつま先からも、唇からも血を出して、とうとう堅い鏈を切ってしまいました。そして、ふたりは、たがいに抱き合って喜び、ころげるようにして、雪の中を山の方へと逃げていくのでした。
雪の上には、二ひきのさるの足跡と、ところどころに落ちた赤い血のあとが残っていましたが、神さまは、この親子をかわいそうに思われて、かりゅうどの追いかけてこぬようにと、夜明け方から、ひどい吹雪となさいました。それで、なにもかも真っ白になって、あとがわからなくなってしまいました。
正ちゃんと、かね子さんは、朝、起きてみて、子ざるがいなくなったので、どんなにびっくりしたでしょう。けれどお山へ帰ったと知ったら、「それは、よかった。」といって、きっと、喜んでくれたにちがいありません。
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