子供どうし
小川未明
学校から帰りの二少年が、話しながら、あまり人の通らない往来を歩いてきました。
「清ちゃん、あのお庭に咲いている赤い花はなんだか知っている?」と、一人が、立ち止まって垣根の間からのぞこうとしたのでした。
「孝ちゃん、花じゃない、赤い葉鶏頭だよ。」
「ちょっと見ると、花みたいだね。」
「孝ちゃん、この門は古いんだね、ここについているのは、呼び鈴だろう。」
「呼び鈴だけど、きっときかないんだよ。」と、孝二がいいました。
「どうして? 押せば鳴るんだろう。」
「だって、線がついていないじゃないか。」と、孝二が、あたりを見まわしていました。
「押してみようか。」
「もし、人が出てきたら、どうするの。」
「逃げようよ。」
二少年はそんなことをいって、顔を見合って笑いました。
「孝ちゃん、お押しよ。」
「清ちゃん、お押しよ。」
「よし、押してみようか……。」と、清吉が、脊伸びをして、ボタンに指をつけようとすると、孝二は、はや逃げ腰になっていました。
「孝ちゃんずるいや、いっしょに逃げようよ。」
そういって、清吉は、白いボタンを押したのですけれど、なんのてごたえもありませんでした。
「だれもこないよ。」
「いまに、出てくるよ。」
「やはり、きかないのだ。」
そんなことをいっていると、玄関の戸が開く音がしました。二人の少年は、足音のしないように走って、すぐ傍らの畑に生えているすすきの蔭に隠れてしまいました。このあたりは、昔は畑地で、最近町になったのであって、まだところどころに空き地や、畑がありました。もう秋が近づいたので、すすきには白い花が咲いていました。
二人は、息をころして、耳であちらのようすをうかがっていると、門のところまできた足音が、しばらくそこに止まっていたが、また引き返していったようでした。二人は、また顔を見合って、にやりと笑いました。
「もうお家へ入ったね。」
「ごらんよ、あの呼び鈴は、きこえるのだから。」と、清吉が、いいました。
「おもしろいね、もう一度やってみようか。」と、孝二が、いいました。
「つかまったら、たいへんだ。」
「つかまるもんか。」と、孝二は、愉快そうでした。
「もうすこし待っておいでよ。」
二人の少年は、すすきの蔭から、顔を出して往来の方をながめていました。同じ組の岡田が、ぞうり袋をぶらさげながら、帰っていきました。
「孝ちゃん、岡田も呼ぼうか?」
「岡田は、足がおそいから、だめだよ。」
「つかまるといけないね。」
往来に通る人がないのを見とどけて、二人はまた古い門の柱へ近寄りました。こんどは、孝二がボタンを押したのです。すると、すぐに戸が開いて、だれかこちらへ駆けてくる足音がしました。二人は、おどろいて、一目散に往来をあちらへ走っていきました。二人は、うしろを見ないようにしました。なぜなら、後を追ってくる足音がきこえたからです。
「清ちゃん、追っかけてきたよ。」
「ほんとうかい。」
二人は、息を切らして、往来を走りました。前方に岡田が歩いています。岡田のそばを走りすぎるとき、清吉は、自分のかばんを投り出して、
「岡田くん、たのむよ。」といいました。
かばんを頼まれた岡田は、どうしたんだろうと思って、振り向くと、女の子が、二人の後を追ってきました。
「あんた、あの子のお友だちなの。」と、女の子が、真っ赤な顔をして、聞きました。
「なんだって、いいじゃないか。」と、岡田は女の子に、答えました。
「あの子、どこの子。」
「そんなこと知るものか。」
女の子は、また二人を追いかけました。
「足の早い女だな。」と、岡田は、見送っていました。
「孝ちゃん、また追いかけてきたよ。」
「しつこいやつだね。どこかへ曲がろうよ。」
二人は、ぐるぐると横道をまがって、紛らそうとしました。しかし、やはりだめでした。追いかけてきた女は、すぐうしろへ迫っていました。
ある大きなかしの木の下へきたとき、まず清吉がへこたれてしまいました。
「ああ、苦しい。」と、うずくまったのであります。
孝二は、追いかけてきた女の子をにらみました。まだ十五歳ぐらいで髪をお下げにして、短い服を着ていました。
「なあんだ、田舎っぺの女中か。」と、孝二は思って、生意気をいったら、なぐろうと考えました。
「おまえたち、あんないたずらをしていいか。」と、女が叫びました。
「わるかった。」と、清吉は、おとなしくあやまりました。
「ほんとうに、もうしないか、おまえもか。」と、女は、こんど孝二にいいました。
「知るもんかい。」
「こんどしたら、ひどいから。おら、田舎の学校で、徒歩競走の選手なんだぞ。」と、女の子はいいました。二人の少年は、なるほど足が速いと思って、苦笑いしました。
「おら、どう帰ったらいいかな。」と、女の子は、急にやさしくなって、聞きました。
「田舎っぺのくせに、生意気だな。」と、孝二が、いいました。
「おいでよ、道を教えてあげるから。」と、清吉は、さっきの往来まで、女の子をつれていってやりました。
「おら、奥さまにいいつかって、つかまえたんだから、わるく思わんでくんなせい。」と、女の子は、頭を下げて、去りました。二人の少年は、これを聞いて、なんだか涙ぐましくなりました。
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