親父は大酒飲みで、ろくすつぽ仕事もせず毎日酔つぱらつては大道に寝転び、村長でも誰でも口から出まかせに悪口雑言を吐き散らすのが無上の趣味で、母親は毎日めそめそ泣いて、困るんでござります困るんでござりますと愚痴つてばかりゐる意気地なしなのである。その又子供がろくでなしの揃ひで、長男は薄馬鹿以上の白痴で、二十六にもなるのに近所の子供に阿呆阿呆と言はれて、それが自分のほんとの名前であると思ひ込んでゐるし、娘は唖でああああんあん以外言葉も出ぬ癖に、十八になると何処かの曲者にだまされて腹ばかりぶくぶく脹らんで来て恰好の悪くなる一方である。その上まだ鼻垂れが五人もあつて朝から晩まで学校へも行かず家の中できやつきやつと騒いで、何処かの畑で盗んで来た大根を生でがりがりかじつたり奪ひ合つたりしてゐるので、その浅ましさは乞食の子供の集合地以上である。そのがき共に白痴は何時でも馬にならされてうんうん唸つて汗ばかりかいてゐる。それが唖の腹を見つけると帯を掴んで俺の芋をこつそり食つたに違ひない、さうでなかつたらそんなに腹が脹れる訳があるものかと言つて、大急ぎで芋を隠した場所へ駈け出すのだ。後生大事に隠した芋はもう何時の間にか鼻垂れ共にしてやられて、暗い物置の隅をごそごそ空しく探す結果になつて、白痴は唖の腹を撲るのだ。ところがその腹から赤ん坊が生れると白痴は不思議がつて子供を人形かなんぞのやうに首をつらまへて見たり、芋はこの赤ん坊の肚の中に忍んでゐると思つて肚をぶよぶよと押して見たりする。その癖白痴は赤ん坊を可愛がつて鼻垂れ共の足音を聞きつけると以前に芋を隠した場所へこつそり子供を隠して置く。鼻垂れ共ときた日には、赤ん坊の足を持ち上げて猿かなんぞのやうに逆さに吊し上げてそうらお江戸が見えるだろとぬかすのだ。親父は赤ん坊を見る度に唖の尻をぶん撲つて、馬の骨の牛の骨の猿の骨めが娘をだましくさつて、こん畜生、今日こそはつきりぬかせ何処のどいつが手前を疵物にしやがつたんだと毒づき、そんな子伜は川へ流してしまへと咆えて酒くさい息をぶうぶう吐きながらだらしなく眠つてしまふのだ。赤ん坊は乳もろくすつぽ飲めず乾枯びた大根のやうにしなびたが、それでも三年たつと三つになつてよちよち歩き出すと白痴と親友になつて裏の池へ釣に出かけるのだ。能なしの白痴は釣が飯より好きで朝から晩まで池辺にしやがんでゐる癖に雑魚一ぴき持つて帰つた試しがないので、酒飲みの親父は腹を立ててもう十本も釣竿をへし折つたが、白痴はこつそり又新しいのを造つて行く。いくら阿呆でも雑魚一ぴきも釣れぬといふ法があるものかと鼻垂れに様子を探らせると、釣つたやつを生のままむしやむしや食つてしまふのだと解つた。親父は怒つてこの阿呆玉めが生の魚を食ふやつがあるかと空になつた肴の皿で白痴を撲つたが、これにはどうにも手のつけやうがないのではふつて置くと、暗くなつてもなかなか帰つて来ない程だ。白痴の釣は糸を投げこんだまま百年でも待つてゐるぞといつた風で唯ぼんやり口を開いて浮子を眺めてゐるだけだ。ところがある日、腑ぬけのやうな貌つきで浮子を見てゐると横でぼかんと音がして唖の子供が落ち込んだ。子供は