編輯室より(一九一三年六月号)

伊藤野枝




□五月の第一日曜日に茶話会を開きましたが事務所にお集り下すつたのは、内部の四人をのぞく他、多賀さんが一寸ちょっとゐらして下すつたのと岩野さんきりでした。これから一々おしらせ致しませんが 毎週金曜日の他、毎月第一日曜日になるべく御都合の出来る方はゐらして下さいまし。
□四月二十六日附の福島の消印のある封書が二十八日に事務所に一通まひ込みました。宛名は事務所内岩野清伊藤野枝他二名行としてありました。うらにはホワイトキヤツプ党長代理としてあります。一番はじめに開けて見たのは小母さんです。私が行きますと 小母さんはその手紙を出して大まじめで こんな手紙がまひ込んだから乱暴くらいやられるかもしれませんなんて おどかしました。何が書いてあるかと思つてよんで見ますとこんな事なのです。
左ノ四名ニ告グ
汝等ハ偏狭ニシテ「ヒステリイ」的ナル思想ヲ以テ、社会ト戦ヒ、且ツ破壊セムトス……強者即チ男ニ依ツテ作ラレタル過去現在ヲ………汝等ノ言ハ常ニ婦人ノ権利ヲ要求シテ、義務ヲ提供セズ、是レ婦人若クハ小児ノ通有性(性は消してあります)ナル「人間以下ノ人間」ヲ示スモノニシテ、如何ニ安酒ヲ飲ムニ於イテ贅ヲ尽スニ於テ、男ヲ凌ガムトスル処カアルモ、確固タル卓見、思想ヲ無シト語ルノミ。汝等ノ望ムモノハ只、奇激ナル行動及ビ言文ニ依リテ社会ヨリ注目セラレタシト云フ栄(虚は誤字)ト岩野鳴ノ半獣主義等ヲ標シテ己レノ淫心ヲ充タサントスル心ノミナルベシ、汝等対社会ハ、蚤蚊対人間ニ等シク汝等ノ為メニ受クル害ハ小ナリト雖モ害ハ害ナリ。
依テ汝等ヲ左ノ方法ニ依リ全部殺スベシ
我党ハ老人六名青年十九名婦人七名、少女二名ノ全部三十四名ニテ成立ス、併シテ是等党員ハ常ニ士ニ化シ田舎漢ニ化シ「オールドミスニ化シ」(以上括弧中の文字は墨で消してあります)令嬢ニ化シ商人ニ化シ車夫ニ化シ学生ニ化シ其他アラユル人ニ化シテ、電力ニ依リ、魔酔剤ニ依リ腕力ニ依リ、短銃其他ニ依リテ必ズ殺害ヲ全フスベシ。其期限明言シ難キモ、来月五月一日ヨリ三ヶ月間若クハソレ以上ニ渉ル事アルベシ。
従来ノ殺害目的者ニ対シテハ、殺害ノ告ノミヲシテ方法及ビ期日ヲセザリシ為メ普通月並ナル迫状位ニ思フテ覚(死ノ)モセズ、遺言モセズ、不意ニ我党ノ手ニ掛リ、卑怯ナル不敏ナル最後トナリシ者アリシニ付キカク明ラカニセリ。然ルガ故ニ汝等ハ此ノ状ヲ見次第死ヲ覚シテ生前ノ広言ヲ愧ズル事勿レ。
此ノ状ヲ察(警察?)ニ提出スルモ可ナリ、我等ハ化学ニ基キ最新ノ方術ニ依ツテ行フ驚察等云フ名誉心ニ駆ラレテ暗闇ヲ物トモセザル愚鈍者ノ群ヨリ我党ガ数段レーベル高キヲ知レ、
外出ニ、電車汽車内ニ、所ニ停車場ニ、旅行中ニ宿屋下宿屋ノ女中ニ番頭ニ、更ニ同宿セシモノニ注意スルモ可ナリ、注意セザルモ可ナリ、ソレ等ノ行動ガスベテ徒労ニ了ルモノナレバナリ。
最後ニ、汝等各自ノ死ハ此ノ状ヲ見シ瞬間ヨリ、今ヨリ※[#感嘆符三つ、29-13]

青鞜社中第一期ニ殺スベキモノ
岩野きよ 林千歳
伊藤野枝 荒木いく      4. 27. 1913.

此処に暗示的の変な画が書いてあります

 White Cap.
ホワイトキヤツプ
   党長代理

此予告ヲ近時流行セル(日本)ブラツクハンドレターと同視スルモノアラバヨシ右ノ四人ノ中、何奴ニテモ(モツトモ始メニ)殺害セラレタルトキニ於イテ普通ノ脅迫状ト見シ嘲ヒヲ解ケ。
我党ノ本部ハ明言シガタモ准党員ハ九十一名全国ニ渉リテ散在セリ。
これでおしまひです。づ奇抜な誤字に驚きました。驚察なんぞは最もふるつてゐます。先づその誤字に印をつけて数へて見ました、文字はきれいに極めて細かくペンで書いてあります。中学あたりに通つてゐる坊ちやんのいたづらか、或は不良少年のいたづら位だらうと思ひました。とにかくおもしろいと手を叩いて笑つたのです。だが林さんを引きづり込んだのはどうした訳だか 一寸見当がつきませんでした。青鞜社中でも第一期に殺すべき者なんてありますから、らいてうとでもいふのかと思つたら 可笑おかしくてたまりませんでした。
五月一日からとりかゝるさうですが まだ私はかうして編輯室よりを書いたりしてゐますから御安神あんしん下さい。岩野さんも荒木さんもぶじです。林さんもたぶん何事もないだらうと思ひます。し私が編輯室へ出なくなつたらホワイトキヤツプの手にたをれたものと思つて可愛さうに思つて下さい。
□だけども警察もずいぶんですね、ホワイトキヤツプの人たちは大ぜいの人を今まで手に掛けたやうに書いてあるではありませんか、そんな者に横行されては善良なる人間を一番苦しめるのではないでせうか。
□私がこう云ひますと、或る人が「ナアニ青鞜社の人たちはいま危険思想だの何だのつてその筋から白眼にらまれてゐるのだから却つてホワイトキヤツプの連中に手伝ひしてこの際撲滅しやうなんて云ひますかも知れませんね」と云ひました。
□らいてうの「円窓より」が禁止になりました。私は何と云つていゝか分りません。何故にと云ふ事も分りません。当分は何にも云へません。私の感想も あぶなつかしくてとても書く気になりません。私は自分の感想として書くものに彼是云はれるのが一番いやです、主張ならばとにかくですが、自分の感想の内容については、私自身にのみ絶対の権利があるのです。私は誰にも何にも云つてもらひ度くありません。
□こんな理屈を今更らしく云つた処で仕方がありませんが私はそれが一番いやなのです。全くこの頃は何にも云へません。それから先月号も大変つまらないと云はれましたが私共もつまらないと云ふ事はあくまで自覚して居ります。此処しばらくはやむを得ませんとつい弱さうな事も云はなければなりません。
□九月号には、皆うんと書くつもりでゐます。思い切つたものをおめにかける事が出来るかと思ひます。
□今しばらくの間は、お互ひに沈黙して勉強するのが一番だと思ひます。皆様にも出来得るけ御勉強をおすゝめ致します。各自の内部の充実と云ふ事が すべての場合に於て最も望ましい事なのです。
□入社、伊藤智恵
□青鞜創刊号は方々から送つて下さいましたので もう沢山です。
[『青鞜』第三巻第六号、一九一三年六月号]





底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
   2000(平成12)年5月31日初版発行
底本の親本:「青鞜 第三巻第六号」
   1913(大正2)年6月号
初出:「青鞜 第三巻第六号」
   1913(大正2)年6月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:酒井裕二
校正:雪森
2016年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について

感嘆符三つ    29-13


●図書カード