紅色ダイヤ事件の犯人は、意外にも塚原俊夫君の叔父さんでしたから、悪漢の捕縛を希望しておられた読者諸君は、あるいは失望されたかもしれませんが、これから私のお話しするのは、先年来、東京市内の各所を荒らしまわった貴金属盗賊団を俊夫君の探偵力によって見事に一網打尽にした事件です。
十月のある真夜中のことです。正確に言えば午前二時頃ですから、むしろ早い朝といった方がよいかもしれません。一寝入りした私は、はげしく私たちの事務室兼実験室の
「俊夫さん、俊夫さん」
と女の声で、しきりに俊夫君を呼んでいます。私が、
「俊夫君」
と言って、隣の
「知っているよ、ありゃ木村のおばさんの声だ」
と言って俊夫君は大急ぎで洋服を着て、扉を開けにゆきました。
木村のおばさんというのは、親戚ではありませんが、俊夫君の
「俊夫さん、大変です。たった今うちへ泥棒が入って、大切な
とおばさんは顔色を変えて申しました。
「どこで盗まれたのですか?」
「工場です」
「まあ、心を落ちつけて話してください。その間に
と言って俊夫君は、例の探偵鞄の中のものを
おばさんが息をはずませながら話しましたところによると、
この白金の塊はこれまで度々盗賊たちにねらわれたものであるから、じゅうぶん注意してくれとのことで、おばさんのご主人の木村さんは、助手の竹内という人と二人で十二時まで仕事をし、それから竹内さんだけが徹夜するつもりで仕上げを急いでおりました。
ところが、木村さんが
「すぐ警察へ電話をかけようと思ったのですけれど、夜分のことではあるし、それに、俊夫さんの方が警察の人よりも早く犯人を見つけてくれるだろうと思ったので、お願いにきたんですよ」
とおばさんは俊夫君の顔をのぞきこむようにして申した。
「おばさん心配しなくてもいいよ。白金の塊はきっと僕が取りかえしてあげるから」
十分の後、私たちは木村さんのお宅につきました。助手の竹内さんは、その時もう意識を回復して、平気で口がきけるようになっておりました。
竹内さんの話によりますと、木村さんが工場を去られてから四十分ほど過ぎた頃、突然、外から誰かが
俊夫君はこの竹内という人を、虫が好かぬと見えて、これまで、よく私に「いやな奴だ」と申しておりましたが、今、竹内さんの話を聞きながらも、俊夫君は、時々
竹内さんの話を聞いてから、俊夫君は木村さんについて工場へ行きました。いやな臭いがプンとしてきました。工場は居間の隣にあって、居間よりも一尺ばかり低く、タタキ床で、三方が壁に取りまかれた八畳敷位の大きさの
俊夫君は探偵鞄の中から拡大鏡を出して、まず床の上を
それから俊夫君は
「なかなか気のきいた泥棒だ」
と、俊夫君は
それから、俊夫君は細工台の上の物や、細工台についている引き出しの中のものをいちいち丁寧に
「このお茶は誰が飲むのですか」
「私ですよ」
とこのとき工場へ入ってきた竹内さんが申しました。その口のきき方がいかにも俊夫君を馬鹿にしているような口調でして、私もいささか腹がたちました。
俊夫君は土瓶の蓋を取って見ました。
「竹内さんが飲むお茶だけに、中々うまそうな色をしている」
と、俊夫君も負けてはいません。ずいぶん皮肉な言い方をした。
工場の中の検査を終わった俊夫君は、居間へ来てから木村さんに申しました。
「工場の検査はこれですみましたよ」
「手掛かりはありましたか?」
と木村さんは俊夫君の顔をのぞきこんで尋ねました。
「まだ大事な検査が残っているから、それがすまなければ何とも言えません」
「それは何ですか」
「木村さんと竹内さんの身体検査です」
「え! わたしらがとったと思うんですか」
「何とも思わぬけれど、検査には念に念を入れておかねばなりませんよ」
「だって、私が盗むわけもないし、竹内だってもう半年もいて、正直なことは保証付きの人間ですから、それはやられるまでもないでしょう」
俊夫君はむっとして言いました。
「身体検査がいやなら、僕はこの事件から手を引きます。警察の人にやってもらってください」
木村さんも、竹内さんも仕方なしに俊夫君に身体検査を受けました。ことに竹内さんは嫌な顔をしました。すると俊夫君は意地悪くも、馬鹿丁寧に、竹内さんの洋服のポケットをいちいち調べました。しかし白金の塊は木村さんからも竹内さんからも出てきはしませんでした。
「これで
「え?」
と言って木村さんはびっくりしました。
「中側の検査とはどういうことです?」
「白金の塊は細かにすれば飲むことができますよ。だから身体の中へ隠すことができるのです」
木村さんはあきれたような顔をしましたが、
「すると、腹をたち割って
と冗談半分に言いました。
「木村のおじさん!」
と俊夫君は真面目な顔をして言いました。
「冗談はやめてもらいましょう。僕が
俊夫君の言葉がいかにもハキハキしていたので、木村さんは何も言わずにおばさんを近所の自動車屋へ走らせました。私は俊夫君の命令で岡島先生へ電話をかけました。まだ夜が明けぬ前でしたが、先生はいつ来てもよいと快く返事をしてくださいました。岡島先生は医学博士で、俊夫君が先生について医学を修めたときに我が子のように可愛がって教えてくださった人で、俊夫君のことなら、どんな難題でも聞いてくださるのです。だから、俊夫君は先生のご都合を聞かぬ先に自動車を用意させたのです。
やがて自動車がきましたので、私たち四人は人通りの少ない
私は自動車にゆられながらいろいろ考えました。俊夫君が申しましたように、エックス光線にまでかけて検査するには、それだけの理由がなくてはなりません。すると木村さんか竹内さんかどちらか[#「どちらか」は底本では「どちから」]一人が白金を飲んでいるかもしれません。私は早く岡島先生の検査の模様が見たいものと、自動車の走るのさえ、もどかしく感じました。
読者諸君、諸君はエックス光線で身体の内部を検査するところをご覧になったことがありますか。それを行うには検査台の上に人を立たせ、後ろからレントゲン線で照らし、前にシアン化白金バリウムの盤をあてて見るのです。
シアン化白金バリウムは、レントゲン線にあたると蛍光を発します。レントゲン線は衣服や筋肉は通過しやすいですが、金属や骨は通過しにくいですから、これらは影となって盤の上にあらわれるのです。ですからもし、木村さんか竹内さんが白金をのみこんでいたら、必ずその影が見えるはずです。
ところが、岡島先生が熱心に検査せられましても、白金らしい影は二人の身体に見えませんでした。
「俊夫君! お二人とも飲んではおられないよ」
と先生は真面目な顔で申されました。
「どうも有り難うございました。それで安心です」
と俊夫君はさも安心したように、にこにこして答えました。私はすっかり予期がはずれたので、いささか失望を感ぜざるをえませんでした。それから俊夫君は、
「木村のおじさん、竹内さん、まことにご苦労様でした」
と身ごしらえをしている二人に向かって言いました。木村さんは笑い顔をしていましたが、竹内さんは、それ見たことかと言わんばかりに、ムッとした顔をしていました。
「さあ、これで僕の捜索の方針が決まったから、これから大急ぎで、心当たりを
こう言ったかと思うと、俊夫君は岡島先生に挨拶して、私を引きずるように手を取って、表へ連れだしました。
「兄さん、大急ぎだ。途中でパンを買って、それから木村さんの
木村さんの家へ行くくらいなら、二人をいっしょに連れてくればよいのに、これもやっぱり、俊夫君の竹内さんに対する反感のためだと私は思いました。
淡路町の、いま起きたばかりの店でパンを買ってから、自動車で、人通りの少ない朝の街を快速力で走りました。俊夫君は、先方へばかり気がせいていると見えて、前かがみになって、ろくに口もききませんでした。私はとうとうたまりかねて、
「おい俊夫君!」
と呼びますと、はじめて我にかえったように私の方を向いて、ニコリ笑い、自動車のもたれによりかかりました。
「パンなど買ってどうするの?」
と私は尋ねました。
「木村のおばさんのところで
「え! 朝飯を?」
「そうよ、おばさんのうちには、おいしいお茶があるよ。竹内さんさえ喜んで飲んでるじゃないか」
私は先刻、木村さんの細工場に、竹内さんの飲むお茶の土瓶のあったことを思い出しました。
「僕もいっしょにご馳走になろうか?」
「いや、兄さんは先方へ着き次第、警視庁へお使いに行ってもらう」
「え? 警視庁? では犯人の見当がついたのかい?」
「まだ何とも分からんさ。けれどもことによると大きな捕り物があるかもしれん」
と俊夫君は眼を輝かして申しました。
しばらくしてから私はまた尋ねました。
「君は先刻、エックス光線をかけにゆくにはそれだけの理由があると言ったが、あれは本気だったかい?」
「もちろんさ!」
「どんな理由?」
「それはいま言えない」
「だって二人とも白金を飲んではいなかったじゃないか?」
「そんなこと、初めから分かっていたよ」
「え?」
私はびっくりしました。二人が白金を飲んでいないことが分かっていたら、何のためにわざわざ岡島先生を煩わしたのであろうか。私はどう考えてみても了解することができませんでした。
程なく自動車は木村さんのとこへ戻ってきました。物音を聞きつけたおばさんは、外へ走りだしてきました。
「俊夫さん、どうでした?」
とおばさんは尋ねました。
「二人とも白金は飲んでおりません。僕は途中に用があったので先へ来ましたが、あとから二人は見えます」
私たちは、自動車を待たせて
「おばさん、竹内さんの下宿はどこでしょうか?」
「芝区新堀町一〇の加藤という八百屋の二階です」
「ちょっと、封筒を一枚恵んでください」
おばさんが封筒を持ってきてくれると、俊夫君は、鉛筆で手帳へ何やら走り書きをしましたが、それからその
「兄さん、これを警視庁の小田さんの所へ持っていってください。ゆうべはたしか宿直の番だったから、それから僕は事によると十時頃までは帰らぬかもしれぬが、うちで待っていてくれ」
私が立ちあがった時、俊夫君はおばさんに向かって言いました。
「おばさん、僕お腹がすいたから、買ってきたパンを工場で食べさせてもらいますよ。冷たいお茶はありませんか」
「あります。先刻、沸かしたのがもう冷めておりますよ」
警視庁には果たして小田刑事がおられました。小田さんは俊夫君とは大の仲よしで、俊夫君は小田さんのことを「Pのおじさん」と呼びます。Pは英語の Police(警察)の最初の文字だそうです。「Pのおじさん」という
小田さんすなわち「Pのおじさん」は、俊夫君の手紙と聞いてさっそく開いて見られましたが、その顔は急に輝きました。
「よろしい、万事こちらで取り計らうと、俊夫君に話してくれたまえ」
と言われました。
私一人、俊夫君の事務室兼実験室の中に寂しく待っていると、九時少し過ぎに木村さんが訪ねてきました。木村さんは大切な白金の紛失のために気を弱らせたと見えて、いつもとは違ってすこぶる元気のない顔をしていました。
「大野さん、白金が明日の朝までに帰ってこぬと、私はどうしたらよいでしょうか」
と木村さんは私に向かって、いかにも心配そうな顔をして申しました。
「まあご心配なさいますな。俊夫君はきっと取りかえしてくれるでしょう」
「けれど俊夫さんは私や竹内ばかりにかまっていて、あんなエックス光線のようなむだ骨折りをさせたのですから、あの間に犯人はもう遠い所へ高飛びしてしまったにちがいないです」
私は、どう言って木村さんを慰めてよいかに迷ってしまって、黙ったままじっと考えこみました。
するとそこへ俊夫君が額に汗をにじませて帰ってきました。
「木村のおじさん、よく来てくれました。先刻は失礼しました。竹内さんはどうしましたか」
「竹内はいっしょに帰ってきてから間もなく、疲れたから、下宿でしばらく眠ってくると言って帰りました」
「竹内さんは怒っていたでしょう?」
「だって俊夫さんはあんな大袈裟なことをするのですもの。私は生まれて初めてエックス光線にかけられましたよ」
「あんなものを度々かけてもらうのはよくありません」
と俊夫君は皮肉を言いました。
「で、俊夫さんはもう犯人の見当はついたのですか」
「つきましたよ」
「え?」
と私たち二人は顔を見合わせて同時に叫びました。
「犯人は誰です?」
と木村さんはいきまきました。
「まあそう、気を揉まんでもよろしい。それをお話しするまえに、おじさんに振る舞いたいお茶がある」
「お茶ですって? お茶どころではないです。早く犯人の名を聞かせてください」
俊夫君はそれに返事もせずに、薬品棚から一つの
「木村のおじさん、このお茶はちょっと変わったもので、不思議な芸当をやります。いいですか、この中へこれを入れますよ」
こう言って俊夫君が白金線の小片を液体の中へ入れると、白金はかすかな音をたてて、見る間にとけてしまいました。
「
と木村さんは驚いて申しました。
「そうです。けれど竹内さんの飲むお茶はこれです」
「え? 何? ではあの竹内の土瓶の中は王水でしたか? あの中へ白金がとかされていたんですか? そりゃ大変!」
こう叫んだかと思うと、木村さんは後をも見ずにあたふた駆けだしていきました。
「兄さん僕らも木村さんの
私たちが木村さんの家の前までゆくと、木村さんは中から駆けだしてきました。
「俊夫さん、竹内は土瓶を持って帰ったそうです。早く何とかしてください!」
「おじさん、あわてなくてもよい、兄さん、自動車を呼んできてください」
と俊夫君は落ち着いて申しました。
私たち三人は、私の呼んできた自動車に乗って、芝区新堀町の竹内さん――私はこれから竹内と呼びます――の下宿へ急ぎました。
自動車が目的の場所へ着くと、木村さんは逃げだすように降りて、竹内の下宿している八百屋へとび込んでゆきました。私も続いて降りようとすると、俊夫君は私の腕をかたく掴んで言いました。
「兄さん降りるまでもないよ、竹内はもういない。いまに木村のおじさんが、顔色を変えて戻ってくるから待っていなさい」
しばらくすると木村さんは果たして、真っ青な顔をして出てきました。
「俊夫さん、どうしよう。八百屋のお
「おじさん、まあ心配しなくてよい、竹内の行った先はちゃんと分っているから、白金は大丈夫とりかえせます。さあこれからこの自動車で警視庁へ行きましょう」
「警視庁?」
と木村さんは眼を丸くして言いました。
「そうです、ことによると竹内はもう捕まっているかもしれん」
木村さんの顔に、はじめて安心の色が浮かびました。
自動車が芝公園にさしかかったとき、木村さんは俊夫君に向かって尋ねました。
「俊夫さんは、どうして白金が土瓶の中の
「ああ、そのことですか、それじゃこれから僕が探偵した順序を話しましょう。まず工場の床の上には、外から入ったらしい人間の足跡が一つもありませんでした。
それから、あの
中から破ったものだとすれば、破ったものは竹内より他にありません。すると白金は竹内が盗んだにちがいないが、さて、一体どこに隠しただろうかと、僕は一生懸命に引き出しをあけたり棚の上の器の中を検べました。
ところがどこにも見当たらなくて、とうとういちばんしまいにまさかと思って土瓶の蓋をとったら、妙な
こう思ったけれど、あの場合それを言いだしたら竹内がどんなことをするかもしれぬ。そこで僕はおじさんに『誰の飲むお茶ですか』と聞きました。するとおじさんより先に竹内が返事をしました。だから僕はいよいよ竹内が犯人だと知って、エックス光線をかけにいってもらったんです」
「え?」
と木村さんは不審そうな顔をして尋ねました。
「白金が土瓶の中にあったなら、エックス光線をかけるに及ばぬじゃないですか?」
「それはそうだけれど……おや、もう警視庁へ来ましたよ。そのことはあとでゆっくり話しましょう」
こう言ったかと思うと、俊夫君は自動車の
警視庁には俊夫君がPのおじさんと呼ぶ小田刑事がおられて、私たちをにこにこした顔で迎えてくださいました。俊夫君は小田さんと二人きりで、しばらくのあいだ何やらぼそぼそ話をしておりましたが、それがすむと、ちょうど
食事がちょうど終わった時、小田刑事の部下の波多野さんが
「波多野君、この人たちは、みんな内輪だから、かまわず話してくれたまえ」
と言われました。
「
それから品川を過ぎ、大井町を通って大森の△△まで行きました。あまり遠かったのでずいぶん弱りましたが、ついに車は畑中の一軒家の西洋造りの家の前でとまり、竹内は行李と土瓶とを
近所で聞いてみると、誰もどんな人が住んでいるかは知らないけれど、夜分になると男が五六人集まってきては、西洋館の階下の隅にある
「それはご苦労様。それじゃ、やっぱり夜分でないと、あげることはできないねえ、まあゆっくり休んでくれたまえ」
と小田さんは言いました。
波多野さんが出てゆくと、小田刑事は俊夫君に言いました。
「俊夫君、いま聞いてのとおりだから、今夜七時にここで勢揃いして、八時頃にむこうに着くことにするが、その間君たちはいったん帰って、また出直してきてくれるか、それとも少し長いけれど辛抱して待っていてくれるか?」
俊夫君が木村さんに都合を尋ねると、木村さんは、竹内から白金を取りかえすまでは、うちへ帰りたくはないと言いましたので、私たち三人は警視庁に止まって、六時間ばかり待ち合わせることにしました。
待っているということは、ずいぶん骨の折れることです。こういうときに限って時計の針の動きがいつもより遅く思われます。やがて四時になったとき俊夫君はとつぜん私に向かって言いました。
「兄さん、僕これからちょっと用事があって出かけてくるから、おじさんの相手をしてあげてください。六時までにはきっと帰ってくる」
こう言ったかと思うと、俊夫君は、
退屈な時間もとうとう暮れて六時になりました。あたりは少し薄暗くなったかと思うと電灯がつきました。すると約束どおり、俊夫君がにこにこして私たちの室に入ってきました。
「兄さん、いまPのおじさんに会ったら、今夜は兄さんに大いに活動してもらわねばならぬから、うんとご飯をつめこんで力を貯えておいてほしいと言ったよ」
私たちが食事をすますと、時計は七時を報じました。小田刑事は、数名の腕利きの刑事を先へ送って
大森へ着いたときは、あたりがもう真っ暗でした。畑中の西洋館の実験室らしい
間もなく竹内は得意そうな顔をして例の土瓶を取りだしてきて親分らしい男に渡しました。親分は土瓶の蓋を取って、臭いをかぎましたが、たちまち色を変えて怒り顔になりました。彼はその土瓶を高く振りあげたかと思うと、中のお茶を竹内目がけてぱっとぶっかけました。……「あっ」と言ったのは竹内ではなくて木村さんでした。その声があまりに大きかったので、中の男たちは、一斉に私たちの方を向きました。
その瞬間、俊夫君は
それから先、何事が起こったかは読者諸君の想像に任せます。悪漢のうちのある者は家の中で、ある者は逃げだしたところを、はげしい格闘の後、張り込みの警官たちの手で捕縛されました。私も人々の間にまじって
約三十分の後、総計八人の悪漢は護送自動車の中に積みこまれました。小田刑事はうれしそうな顔をして、
「俊夫君どうも有り難う。この中には、警視庁で数年来行方を捜していた、
と言いながら、護送自動車に乗って去りました。
木村さんは白金を溶かした「お茶」が流れてしまったので、あまり嬉しそうな顔はしていませんでした。やがて俊夫君は木村さんを自動車のそばに引っ張っていって、
「さあ、木村のおじさん、約束どおり白金を取りかえしてあげました」
と言いながら、木村さんの手に白く光る塊を渡しました。
「やっ」
と言いながら木村さんは、つかむように受け取って、
「ど、どうしてこれが……」
「レントゲン検査に行ったのは、これを取りかえすためだったのです」
と、俊夫君は説明しました。
「ああしなければ竹内を連れだすことができません。僕は岡島先生の家から一足先に帰りおばさんに会って、朝飯を食うふりをして土瓶の中の本物をただのお茶にすりかえておいたのです。それから本物を別の
先刻、盗賊の親分はあの土瓶にただのお茶が入っていたので、竹内がすりかえたものと思って、怒って投げつけたのですよ。……さあ早く帰って、おばさんを喜ばせてあげましょう」